バモスホビオ

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2010年10月に購入し8年近く乗った愛車のプレオ、車検まであと3か月でしたが、あちこち調子が悪くなってきたこともあり乗り換えることとしました。
やはり、軽自動車の箱バンが欲しいなぁ~ってことで、2週間近くグーネットをググって探し当てたのは初年度登録が2007年の12万キロ超のバモスホビオ(AT3速)、総額26万です。
家族からは、買ったあとで 「失敗した~ orz」とあなたは毎回のようにして言っている!? と指摘を受けていますが、今回も同様? ^^;
なんと、車屋から自宅に帰りつくまでの、走り出して30分しないうちに水温警告灯が赤く点灯してしまいました。
調べてみると、バモスのありがちな不具合、メーカーがリコールを出している不具合のようでエンジンのガスケット不良により冷却水にエアーが混入し、エンジン冷却機能不全に陥るということです。 すでに保証期間外であり修理費用は10万円超!! ><
なんか、お店の人の対応が変だったのは、このせいか!
早速、HONDAのディーラー修理工場に持ち込んでエア抜き作業をしていただきました。とりあえずこれで様子見をして、それでも駄目なら正式に見積もってからの作業です、と。

エア抜きをしてもらったら近場の運転で水温警告灯が点灯することはなくなりました。直ったのか!?
 
大喜びで高速にのって、談合坂を超えて長野に向かう途中、笹子トンネルの途中で、ふたたび警告灯が点灯 ><
生きた心地がしなかった orz

ハズレのバモスでした。(失敗した~ orz ^^;)


格安中古自動車販売店の保証書は、エンジンのみを保証します? ということです。

まあ、この年式のバモスが車検込みで26万ということなので、お店側の良心としては、購入後の修理費用分の金額は本体価格を値下げしてますので・・ということなんでしょう。

走行距離が12万キロということで、タイミングベルトからウォーターポンプを交換する時期でもありますので、その作業と同時に(若干お金がかかるけども)対処してもらえば、OK!

ちょっぴり気落ちましたが、気を取り直して、修理する楽しみを与えてくれた!?ということで w
ということで、ディーラーさんで修理見積をしてもいました。
シリンダーガスケット交換 部品代 約1万円 技術料 約5万円
タイミングベルト類交換  部品代 約2.8万円 技術料 約3.2万円
エンジンマウント交換 部品代 約1.2万円 技術料 約0.6万円
合計 13.7万円 (部品代 約5万円 技術料 約8.7万円)

エンジンマウント交換については、乗り心地を一新するためのもの、タイミングベルト類については経年劣化による消耗品の交換です。オーバーヒート対策としての(予定外の)出費分については、6万円くらいですね。
まずまず、許容範囲でしょう~ ^^

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あれから30年!? 

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あれから30年!? w
月日の経つのは早いものでいつの間にか子供たちは成人し、気が付けば腰痛に悩ませられながら白髪染めを愛用し、膝が痛い、体重が減らない・・・ぼやく日々を送っている今日この頃です。
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終戦記念日の前日を都内のグルグル展望レストランで食事でもしようか、ということで予約を取って出かけました。
あれ?
グルグル(フロア全体が回転する)レストランじゃない? しかも ビュッフェ?
後で知ったところによると、完全なる自分の勘違いで、同じホテルの別のレストランに予約を入れていた! ^^;

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まぁ、こっちはこっちで最上階のタワービュッフェということで展望は最高、料理も美味、サービスも素晴らしく文句はありませんが。w
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案内された窓際の席からは、建設中の新東京国立競技場を遠望することができ、眼下には赤坂の迎賓館を観ることができます。その向こうには新宿の高層ビル群が目前に迫ります。
持参したカメラ(埼玉駅伝の応援用にヤフオクで調達したSONYサイバーショットDSC-HX9V)の性能評価?(手持ちでの手振れ補正機能の評価試験?)
新国立競技場やら迎賓館をパチリパチリ

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ブログアップ用にリサイズ(800×600)していないものから部分切り取りをしたものがこちら。 流石に少し粒子が粗くなってますが・・ 概ねOK! いいですねぇ~ ^^
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ところで、予約する際に ちょっとした謎かけ? お店に対しての要望欄に 何を要望するわけでもなく ××記念とのみ、意味不明の書き込みをしていたのですが、その大ボケの書き込みを見逃さず、ささやかなお祝いプレート&記念写真(シャッター押し)サービスで応えて下さいました。 スタッフのあたたかい心遣いに拍手! 
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普段しないような贅沢な昼食をした後で、せっかく東京に出てきたので、珍しいモノ見たさの観光をちょっぴり、お台場へ繰り出しました。

なんでもバーチャルリアリティー技術を利用した宇宙旅行体験ができるとか。

ちょっと、ちゃちかった(子供騙し)感をぬぐえませんでしたが、何年か後には、昔のファミコンゲームが今の超リアルな映像のオンラインゲームに進化したごとく、驚きの進化を遂げるんだろうなぁ~。 


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平九郎茶屋の由来に触れて

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深谷市の渋沢栄一記念館に来ています。写真の武士、栄一の義弟(妻の弟)であり養子でもあった渋沢平九郎です。
この方、実は、幕末に官軍と戦って越生の山中、黒山の地で自刃しています。
奥武蔵グリーンライン、マイ坂道練習コースの折り返し地点である顔振峠の茶屋である平九郎茶屋の名前の由来となった武士であり、マラソンの練習のため、いつものように峠の茶屋で肉うどんを食べて、さて、復路にむけて出発しようとしたところ、店内に掲げられているこのイケメンの武士の写真が目に入りました。
平九郎茶屋さんの名前の由来になっている 烈士「平九郎」さんでした。
確かにイケメン、そして渋沢? 渋沢栄一という明治の偉人の関係者ということらしいです。
そもそも渋沢栄一さんがどんな方なのかもよく知らなかったこともあり、ネットで調べたうえで、翌日(今日)深谷市にある渋沢栄一記念館を訪ねました。(平九郎企画展開催中)
平九郎さん、渋沢栄一が海外(パリ万博へ派遣中)に行っている留守中の政治的な激変の中で、身代わりのようにして亡くなった・・・ということがよく判りました。
渋沢栄一、尊王攘夷に燃えながらも、最後の将軍となった一橋慶喜公に仕えることとなり、パリ万博へ幕府から派遣されてしまい(その最中に明治維新)、その留守中に兄弟縁者が自分の身代わりのようにして新政府軍と戦い(平九郎戦死)、その明治新政府のためにフランスで獲得した知識を活かして大蔵省で尽力し、その後、経済人として大活躍して長寿を全うしつつ国のために尽くした。
波乱万丈の人生
ここらへんの事情を詳しくドラマにしているのがTBSの「雲を翔びこせ」という歴史ドラマ
知らなかった。渋沢栄一、もうすこし、評価されても良いような・・・
(自分が知らなかっただけかも?^^;)

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