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2008年12月

2008年総括 ^^;

仕事面ではさておいて^^; 余暇の面では大変充実した一年でした。^^

ランニング活動としては、3月の荒川マラソンで失敗レースorz
その後はゆっくりと走る観光マラニック的な活動をメインに走ることを楽しむことに専念ました。 週末のマラニックと走友会の練習会、平日の通勤ランをコンスタントに行った結果、毎月の走行距離が伸びていき、長い距離を走るときのスタミナがついたように思います。

高島平ロードレースへエントリーして、キロ4分30秒ペースを意識した練習を開始しました。これによってスピード面での大幅なパフォーマンスアップがはかられました。
千葉のスポーツの祭典で100mを走ったことも記念すべきものでした。

旧街道マラニックをより楽しむための歴史関連本の読書をしましたが、示唆されるところ多く大変面白かったです。

「古代日本正史」(原田常治)  歴史エッセー
「北条政子」(永井路子)     小説    
「天上の虹」(里中満智子)    漫画^^    
その他    関裕二の古代史関連本(多数)

カヌーについては旧街道マラニックがらみで坂東札所めぐりの計画を練っていたときの思いつきで「河川という名の旧街道?についてカヌーツーリングをしたら面白いのではないか?」というのが発想の原点でした。

◆走友会行事
鳩山合同練習会
森林公園クロスカントリー練習会
野尻湖  夏合宿
小川町~坂戸 秋季マラニック
東松山  秋季合宿   
黒山鎌北湖駅伝
忘年会   
   
◆レース、マラソン大会、タイムトライアル
荒川マラソン  フル
熊谷さくらマラソン ハーフ
行田鉄剣マラソン ハーフ
安政遠足 侍マラソン 仮装
鳩山駅伝(WGM)  5km
WGMタイムトライアル 5000m
千葉スポーツ祭典 100m
WGMタイムトライアル 5000m
高島平ロードレース 20km 
大田原マラソン  フル
熊谷室内陸上タイムトライアル 60m

◆旧街道マラニック   
金沢街道(鎌倉切り通し)   
葛城古道、吉野~宮滝   
若狭(気比神宮)   
鎌倉街道上道(日高~嵐山)   
鎌倉街道上道(日高~府中)   
諏訪(上社下社めぐり)   

◆Jognoteのコミュニティオフ会   
荒川リバーアップ(熊谷~川越)   
荒川リバーアップ(熊谷~寄居)   
荒川リバーアップ(寄居~三峰口)   
荒川リバーアップ(河口~岩淵水門)   
荒川リバーアップ(和光市~川越) サポート   
奥細道 日光街道(千住~春日部)   
奥細道 日光街道(春日部~間々田)   
奥細道 日光街道(間々田~鹿沼)
御所(大江戸銭湯ラン清水湯)
彩湖(さくら草がみたいラン♪)
鎌倉(紫陽花寺めぐり)
新木場(潮干狩り)
川越(祝PB達成ナイトラン)

◆カヌー遊び
谷中湖 進水式1
彩湖 進水式2
高麗川 進水式3
入間川 進水式4
葛西海浜公園
野尻湖
荒川 ツーリング(寄居~熊谷) 
荒川 上尾~朝霞 

◆伝統行事、お祭り
大宮氷川神社 初詣
高麗神社 獅子舞
鶴ヶ島  雨乞い神事
長瀞 舟くだり
毛呂  流鏑馬祭り   
尾瀬湿原 ハイキング
大国魂神社 くらやみ祭り

それにしても、
こうして数えあげると・・・遊びすぎ 苦笑)

何はともあれ、体調不良(年初の胆管結石?)とか故障とか色々あったなかで、年間2300kmを超えた走りができました。^^

来年も、走りを通した楽しみを追求していきます♪
(カヌーもね^^)

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熊谷室内陸上60mタイムトライアル

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今年2度目の短距離のレース、「熊谷室内陸上60mタイムトライアル」に参加してきました。

実は、今年の10月に「千葉スポーツの祭典」で100mを走った後で、”マスターズ”と”100m走”をキーワードにしてあちこちネット検索していたときに、栃木マスターズの短距離で大活躍されているジャンクスプリンターこと小堀さんのサイトを知りました。

40代の後半で11秒台という驚異的なタイム!
マスターズ(M45)3連覇、2008年度2冠(60m/100m)の日本チャンピオンです^^

掲示板でご挨拶をしたのがきっかけとなり、本日熊谷で行われた「第一回熊谷室内陸上60mタイムトライアル」に参加させていただくことになりました。

わたし、今現在は短距離向けのトレーニングは何も出来ていませんが、来年からはトラックでの練習で心肺強化や筋力強化をしたいと願っています。
取り組み前の今の状態をタイム計測しておき、ビフォー&アフター的なことができたらいいな~と思っています。(必ずしもアフターが劇的に速くなるとは限りませんが 笑)

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今回のタイムトライアルで使われた計測システム、お値段は7万円を超えます!主催者の方の個人購入ということだそうです。 

マラソンなどの長距離の場合には1秒以下の端数のタイムは全然問題にならず手元時計で充分ですが、短距離の場合は正確なタイムを知ろうと思うと、手元時計(自己計測)が使えない世界です。今回のように正確な時間を測定できる機材を使ったタイムトライアルはとても有難い企画です。

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それにしても・・皆、速すぎ^^

うまく写真に写りません 苦笑)

私の記録

1本目 9秒31
2本目 9秒41

遅い orz ダントツのビリ ^^;
それでも自己ベストです (60mは走ったことが無い・・ 笑) 

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チャンピオン小堀さん(親方)、河内道場として一緒に練習されている皆さんに親しくご挨拶することができました^^ 

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そのパワフルさにかなり圧倒された感が・・・ ^^;

タイムトライアル終了後の河内道場の練習会(坂道ダッシュ)にも誘っていただきました。
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燃える男の坂道ダッシュでは、一枚また一枚とトレーニングウェアーが脱ぎ捨てられていき、一人また一人と犠牲者?が増えていきました。^^;

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最後は、熱い男の友情でがっしりと肩を組んで記念撮影^^


たしか掲示板では・・埼玉シャイ3人衆 と書かれていたような??

シャイ=内気 という私の理解は完全に打ち砕かれました。

シャイ=謝意?(はずかしさを感じたみなさんゴメンナサイ?)

う~~ん、困ったな~ 埼玉マスターズ・・・ ^^
(軽い冗談ですのでお許しを・・ 笑)

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インターバル

若葉グリーンメイトの土曜自主トレ、トラック練習に参加しました。

インターバル練習、ひとりでやっても途中で苦しくなって最後まで完遂した記憶がありません。

今日の練習会は走友会のUさんお声がけによって実現しました。

故障明けのインターバルトレーニング練習、どこまでやれるか疑問でしたが(躊躇しながらも)実際に走ってみた結果は、左足の踵の痛みは無くなってしました。故障については完全復調です^^ ほぼ一ヶ月走っていなかったので体重の増加と心肺機能の低下は避けれませんでした orz 

インターバル、Uさんにペースを作ってもらって(追走するかたちで)
1000×5をインターバル200mでつなぎました。
   Time(MaxHR)
1本目 3:56(179)
2本目 3:50(185)
3本目 DNF orz
4本目 4:13(178)
5本目 3:50(188)

3本目は左脇腹が痛くなって途中で中断orz まだまだです。3分50で5本走りとおす走力(心肺能力)は、ありませんでした。

土曜の東洋大トラックは地元の高校や中学の陸上部に開放されているらしく部活の子達がたくさん。見てるだけでも学びになりそうです^^

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山ほどのケーキ

長女のバイト先であるケーキショップ、明日から来年の10日過ぎまでお休みになるとのことで、クリスマスでの売れ残り?ということでもあって、山ほどのケーキを貰ってきた^^

故障を抱えて走れないランナーとしては困った状況ではあるが・・・顔がニヤケル^^

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陸上競技の距離感とスピード感について

陸上とかマラソンに無縁の頃、メタボリックな中年腹をかかえていたころに、マラソンを趣味にしている人との会話で、その練習距離について違和感を覚えたことを記憶しています。

「練習で20kmくらいは普通に走るよ^^」

それまで自分の足で走った最長の距離は高校時代の校内マラソンの10kmであり、短距離は得意としてもスタミナが全然ないためにヘロヘロでゴールした苦い記憶があります。

なので、20kmとかいう距離を聞くと「すげぇ~~!」と感動し尊敬してしまうし、なんて物好きな奴なんだ・・とちょっと吃驚してしまうわけです。

また、フルマラソンの記録(完走タイム)を聞いても感動がわきません。見当がつかない訳です。

「初マラソンで4時間を切って走った^^」「・・?」
 
マラソンのタイムということで普段見聞きするのは新聞やTVに出てくるタイムであって、男子であれば2時間10分を切るようなタイム、女子であっても2時間20分前後のタイムばかりで、3時間台のタイムを聞かされて感動がありません。

「ふうん、そうなの?」

ところが市民ランナーとして実際に3年も走ると、距離やタイムについての感覚が判ってくるので、ランナー同士の会話において共感することもできるし、感動することもできるわけです。

今では毎週の個人練習で山坂を20kmくらいは普通に走りますし、走友会の練習でもハーフマラソンの距離を毎週走っています。週末にマラニックと称してゆっくり50kmくらいの距離を走ることも普通に見聞きします。

タイムについては、走力の向上にしたがって次のような目標設定がされます。そのタイムの価値を理解し、身体で実感できるようになりました。

・サブフォー(フルマラソン4時間切り)

初心者ランナーの最初の目標です。1キロを5分40秒くらいで淡々と走れれば達成できます。しかし、42kmという距離の壁が高~く存在し、ほとんどの初心者ランナーが30Km地点くらいで走れなくなり、悔し涙を流しながらマラソン中毒になっていくきっかけがこのサブフォーというハードルです。 2シーズン目の秋のフルマラソンで達成しました。^^

・サブサーティー(フルマラソン3時間半切り)

女性の国際レースの参加資格である3時間30分切り、女性でこの記録を達成している人は非常に尊敬されます。 今年で最後となりましたが、高橋尚子などの一流ランナーと一緒に東京国際女子マラソンを走ることができる記録です。男性でもサブフォーの次の目標となりますが簡単には達成できません。 3シーズン目の秋のフルマラソンで達成しました。^^

・サブスリー(フルマラソン3時間切り)

いわゆるひとつのサブスリー、市民ランナーの栄誉でありサブスリーランナーという言葉は快速ランナーの称号ですね。簡単には実現できません。日常生活をすべて見直し毎月300km以上の練習距離を普通にこなしていかないと達成できる記録ではありません。未知の世界ですが、すご~く頑張れば達成できるようです。

・国際ランナー(フルマラソンを2時間50分切り)

別府大分マラソンの参加資格である2時間50分を切ること、アスリートの世界ですね。このクラスになると、(40代の後半では)年齢別ランキングの一桁台に入ってきますので、夢のようなタイムです^^ 練習と素質と条件(年齢?)などが備わっていないと実現困難な世界です。

フルマラソンとかいう距離での距離感やスピード感については自分の身体で理解できるようになりましたが、短距離(100m)のスピード感については良く判りません。

短距離向けの練習をせずに一発勝負で走ったタイムが 14.55秒 ということから

13秒台というのが、フルマラソンでいうところのサブフォーに匹敵するタイムかな?

じゃあ、サブスリーは 12秒台? 

さっぱり、見当がつきません 笑)

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神武東征の物語 (1) ナガスネヒコ

神武東征の物語に登場する個性的な登場人物について「古代日本正史(原田常治)」の解釈に自分なりの想像を交えて^^ 紹介します。

まず、記紀で書かれているヤタガラスについて触れながら神武東征について判りやすくまとめられてるサイトがありましたので本文を引用します。

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◆神武東征、ヤタガラスの導き

熊野の神々の使いとされる八咫烏(やたがらす)。
 八咫烏の「咫」は長さの単位で、それ1字では「あた」と読み、「八咫(やあた→やた)」では「大きな」という意味になります。八咫烏とは、字義的には大きなカラスということですが、3本の足を持つカラスとして描かれます。日本サッカー協会のシンボルマークでお馴染みですね。

『古事記』や『日本書紀』には、カムヤマトイワレビコ(のちの神武天皇)が東征の途上、天から遣わされたヤタガラスの道案内により熊野・吉野の山中を行軍したということが記されています。

神武天皇は初め、日向の高千穂の宮にいましたが、兄のイツセノミコトとともに東方に天下を治める都を造ろうと大和に向かいました。瀬戸内海を渡り、難波から淀川を溯上、河内に入り、大和に向かおうとしましたが、大和の豪族のナガスネビコの迎撃にあい、イツセノミコトが矢傷を負い、撤退。

神武はこの敗戦を、太陽女神アマテラスの子孫であるにもかかわらず太陽に向かって戦ったためと考え、紀伊半島を南に迂回して熊野から北上して大和に侵入することを目指します。イツセノミコトは熊野に至る前に命を落としました。

・・ 以下、略

(http://www.mikumano.net/setsuwa/jinmu.html)
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まず、冒頭の神武東征は、戦って征服するようなことではなく、九州勢力の末子(正統後継者)の男性(イワレヒコ)と出雲勢力(ニギハヤヒ)の末子の女性(イスケヨリヒメ)との婚姻による大同団結が成立したということで、大変お目出度い出来事、東遷だったというのが真相のようです。

ところが大和の入り口でナガスネヒコから迎撃を受けるわけです。

このナガスネヒコはニギハヤヒが大和を統治する際にナガスネヒコの妹と結婚することで戦いを回避したことでもわかるように、ニギハヤヒによって統治される前の大和平野の原住民の頭のような人です。イワレヒコが東遷してきたときにまだ存命中だったとしたら、かなりの高齢になっていたと思われます。それでも重要な発言力と軍事権を有していたんでしょう。

そして九州勢力からの養子縁組の申し出には断固反対の立場をとっていた。

ナガスネヒコはなぜ反対の立場をとったのか? 

今は亡きニギハヤヒの生前をよく知っていたナガスネヒコです。

「もしニギハヤヒ大王が生きていたらこの養子縁組を喜んだだろうか?」という問いがナガスネヒコの心中にあり、ヒミコを代表する九州勢力に対しての生前のニギハヤヒの感情がナガスネヒコに反映されて、その結果としてイワレヒコの一行に矢を射るような事態に発展したのではないでしょうか?・・・・あくまで想像です^^

ナガスネヒコという名前からすると、脛が長い人、毛深く彫りの深い顔立ちの縄文人、長身のアイヌ民族を想像します。ニギハヤヒはこの義兄(義弟?)をとても大事に扱っていたことが想像できます。いっしょに食事をし酒の相手をしながら若き日の九州での出来事や父親であるスサノオの偉大さを懇々と語ったこともあったことでしょう。

ナガスネヒコがニギハヤヒから聞かされていた九州の話、ニギハヤヒが大歳と呼ばれて北九州を統治していた頃のヒミコやオオクニヌシといった人たちに対して聞かされた話は・・・もしかしたら、あまり好意的な話ではなかったかもしれません(と想像します^^)

まずヒミコ、年齢的にはニギハヤヒ(大歳)と同年代でありながら、尊敬する父親のスサノオの現地妻になります。ヒミコの娘がコノハナサクヤヒメと言われるように花が咲いたように美しい人だったいうことは母親のヒミコも美しく魅力的な人だったんでしょう。

そのヒミコを現地妻とした自分の父親のスサノオ。現地妻として父親に媚入ったヒミコ、メロメロになっていった父親のスサノオ(あくまで想像ですが^^)。

ヒミコに対して良い印象を持ったとは考えにくいです。(嫉妬心のようなものも入り混じっていたかもしれませんが・・・・)

さらに大国主こと大己貴尊(オオアナムチ)に対しては敵愾心のような感情があったかもしれません。妹(スサノオの末子)の婿でイケ面の優男のオオアナムチ。末子相続ゆえに正統継承者になったわけです。父親(スサノオ)と自分(大歳)が苦労して建国した和国。本来ならスサノオと一緒に戦ってきた自分が継承する可能性もあった和国とその中心地の西都。その和国をなんの苦労も無くちゃっかり譲り受けた義理の弟ってやつです。

継承してからは政治の中心地の西都で(戦の前線に出ることなく)悠々と暮らしており、しかも出雲の妹のところにはほとんど帰らなくなって、ヒミコとスサノオの娘であるコノハナサクヤヒメを西都の現地妻にし安穏と暮らしているわけです。
大歳的には、ヒミコとスサノオのこともあり二重に腹立たしい出来事だったと思います。

ナガスネヒコは、ニギハヤヒの晩酌の相手をしながら、これらの愚痴話を夜な夜な聞かされたんじゃないかな?(と想像します^^)

そのヒミコの孫でもあり、オオアナムチの末子の事代主が出雲の正統継承者として日向の軍勢の旗頭にされて出雲は九州勢力に乗っ取られます。

出雲国譲りといわれるこの事件があって間もないこのタイミングでヒミコの孫である日向勢力の正統後継者のイワレヒコの大和への婿入り話があったのですが、ナガスネヒコとしては断固反対の立場を譲れなかったのでしょう。

ヒミコ、コノハナサクヤヒメ 何するものぞ!

ナガスネヒコの根底にありイワレヒコ一行に矢を射ることになった感情の原点は若きニギハヤヒ(大歳)の義憤であったかもしれません(ちょっと嫉妬も混じってたかな?)

以上、素人の好き勝手な想像ですので^^

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荒川りばーあっぷ(忘年ラン^^)

06

この一年、荒川マラソン(での撃沈レース^^)、荒川リバーアップマラニック、荒川河口での白ハマグリ採り、荒川のカヌーによる川下りと、荒川遊びを満喫しました。

今日はJognoteの「荒川の風」コミュに関連した今年最後のマラニック、残念ながら左足踵の痛みのために走ることはできませんでしたが、サポートカー運転手&写真係りという形で参加しました。

http://yellow-black.cocolog-nifty.com/photos/ru_0_50/index.html

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入金先着順 orz

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[お知らせ]

第43回青梅マラソン大会の参加者募集は、12月1日(月)で、全て終了いたしました。   
おかげさまをもちまして、10キロの部・30キロの部ともに、定員数を超える申込みがありました。
定員数を超えてからの申込みについては、お支払いいただいた参加費から、手数料500円を差し引いた金額を返金させていただく場合がありますので御了承ください。

http://www.city.ome.tokyo.jp/index.cfm/43,0,151,389,html

ということで、返金がありました。

青梅マラソン、なんか縁が無いな~
 
2007年 胆嚢炎で入院&手術 orz 病院のベットでうなってました
2008年 雪のため中止 orz
2009年 入金先着順締め切り(申し込み金の返金) orz

ちなみに、東京マラソンも似たような状況です

2007年 追加抽選で当選するも・・・
      胆嚢炎で入院&手術、
      退院直後&休日出勤のため DNS
2008年 落選 orz
2009年 当選確率を上げるべく陸連登録をするが・・・
      効果なし! 落選 orz

荒川マラソンは・・・・

2007年 退院から一ヶ月経って、なんとか出走 4時間27分
2008年 走りこみ不充分&撃沈          5時間5分
2009年 目標 3時間15分 ^^

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黒山鎌北駅伝

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走友会の今年最後の会行事である黒山鎌北駅伝です。

今回駅伝は、左足の踵の怪我(故障)のため残念ながらDNSです。
ここはぐっと我慢して故障回復に専念することにしました。で、今日は記録(写真)係り?として、うろちょろ^^

駅伝のコース設定ですが、スタート地点が毛呂山の体育館、そこから鎌北湖までが駆けあがる部分が第一区。第二区は鎌北湖から駆け下りるコースで、第三区は毛呂から越生にむけての県道をひた走り越生役場で第四区につなぎます。役場から黒山三滝の往復コースが第五区、第六区となりゴールは越生町役場となります。

毛呂山から越生にかけての県道がコースに使われるのでレース中の(レースを追いかけての)車での移動撮影が出来るのか? ひと工夫必要です^^

スタート前のタイミングで体育館と鎌北湖でスナップ写真を撮ったうえで、鎌北湖から下ってすこし行った場所にある分岐点(エーデルワイスCC分岐)のところを撮影ポイントとしました。

102201 203

この場所から越生役場まで山越えの裏道があります。車での移動時間はおよそ15分くらいと予想しました。

第一走者の先頭ランナーが到着したのは9時33分ころ。
302 303 304 305



第二走者の先頭ランナーが折り返して通過した時間が9時42分過ぎ、
306 308 309 311 312




WGMチームの全員の通過を確認して越生にむけて車を走らせたのが9時48分でした。越生町役場到着が10時丁度 (速すぎ?^^)

駅伝のコースは県道から越生町役場にむけて左折したあとで、役場の前で右折するポイントで第四走者へタスキをつなぎます。

写真の撮影タイミング(場所)としてタスキをつなぐ瞬間を狙いましたが・・・・失敗でした。

ピントが合わない orz
第三走者と第四走者が重なる orz
遠くて小さい orz
速くてブレル orz

313 314 315 316 317




この後の第五走者については撮影できませんでした(役場から車を出せなくなりました)

この後、最終走者がゴールに戻ってくることろを役場の前で撮影しました。
401 402
トップは学生じゃなくて市民ランナーかな?


WGMのアンカー諸氏^^

404 405 407 408 410



ちょっと肌寒かったですが絶好の駅伝日和でした^^

http://yellow-black.cocolog-nifty.com/photos/kurokama2008/

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故障

大田原マラソンのダメージ、かなり大きいです。左足のかかとの痛みが抜けません。歩くだけなら平気になりましたが、走ると結構痛いです ><

疲労骨折?

いずれにしても、12月についてはランニングは控えたうえで自転車によるクロストレーニングに取り組むか、これ幸いに?カヌー遊びを続けるか 笑) ちょっと寒いけど・・・

フルマラソン後半でペースダウンする状況は、かなり筋骨に負担が大きい状況なので、それを無理して頑張って大きな故障を招くよりも、ペースダウンする状況を素直に受け止めて、あまり無理しないほうが良かったのか・・・

やっぱり頑張っちゃうよな~ 苦笑)

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