ナガスネヒコに矢を射込まれたイワレヒコの一行、その矢はイワレヒコの長兄であるイツセノミコトを傷つけました。最短コースでの大和入りは阻止されてしまいます。
イツセノミコト、長兄であることから考えると今回の婿入り話において仲人役として交渉にあたった1人であると思われます。
今回の婚儀は単なる婿入り話ではなくて和国の将来を決定する重要な大同団結政策でありました。大国主による平和的な統治が続いていた和国ですが大国主の死後「倭国乱れる」と魏志倭人伝に書かれるような混乱した状況に陥り、老年のヒミコが大国主の末子(事代主)の後見人というかたちで擁立せられることでようやく落ち着きます。・・・それも束の間、事代主の出雲入りによって出雲系の強硬派の人たちを刺激。最後は建御名方ら反対派の出雲追放(出雲国譲り)という事態に発展します。この件については中立の立場にあった大和勢力ですが、お互いに出方を窺うような時期であり和国分裂の危機の真っ只中にあったと思われます。一触即発。
そんな中で今回の大同団結企画を推し進めた人は、大和側すなわち出雲系は(スサノオの息子のニギハヤヒの長男である)ウマシマジ、九州側すなわちヒミコ系は、ヒミコの末子であるウガヤフキアエズノミコトの長男であるイツセノミコト、そして日向系と出雲系の両方の血脈を有する(中立の立場に立てる)タカヒコネ、この3人が中心になり九州側と大和側が連絡を取り合いながら婚儀という形での平和的な大同団結を目指しました。
婚約時に花婿であるイワレヒコ側(九州側)から納められた結納の品、タカヒコネによって九州から大和へ運ばれたその品は、ただの結納品ではありませんでした。
この婚儀が分裂の危機にあった和国を救う大同団結であることを物語るには充分すぎるアイテム。
神君スサノオの霊剣です。
ヤマタノオロチの尻尾から出たと記紀が言うところの剣、後世において「アメノムラクモの剣」とか「草薙剣」と呼ばれる神剣、出雲系の正統継承者の象徴であるところの神器でした。スサノオから大国主(オオアナムチ)へ和国の正統継承者の証として譲り渡されたもので、現在では皇位継承のしるし、三種の神器のひとつとなっている剣です。
ちなみにタカヒコネ(出雲名はタケツノミ)は、出雲国譲りをうけた事代主の兄、というか大国主の長男であり武角身というように「武」という字があることから、すこぶる勇敢な男前(コノハナサクヤヒメの息子^^)であったと思われます。(実はこの人がヤタガラスなんです^^)
この3人で何度も何度も打ち合わせ用意周到に推し進めてきた婚姻話であり和国の分裂を回避するための秘策、大同団結策でした。ナガスネヒコのこのような暴挙についてはまったくの想定外の出来事だったと思います。
イワレヒコ側では具体的なダメージ(イツセノミコトの矢傷)もさることながら精神的なダメージが相当大きかったのではないでしょうか。
戦さを前提としていないので少人数での大和入りだったわけです。その手勢が少ないという隙を狙うかのような襲撃! (暗峠で矢を射たのがナガスネヒコの暴走であることは、この時点ではイワレヒコ側には判らない訳です。)
「そもそも、今回のこの婚儀自体が大和側が仕組んだ策略であったのでは・・」
「自分達は完全に敵の術中に陥ったのでは・・・」
「すべては九州勢力の正統後継者である自分を亡き者にするために、ニギハヤヒの長男のウマシマジが仕組んだ罠だったのではないか・・・」
「今回の婚儀への同意は、結納の品として要求された神器(スサノオの霊剣)を騙し取るための策略であったのか?」
このような疑念がイワレヒコ一行を絶望的な気持ちにさせたことと思います。遠く九州の地を離れて敵地の入り口で予想だにしなかった襲撃。
すぐにでも九州に戻りたかったことと思います。
イワレヒコ一行の中で、喧々諤々の議論があったはずです。それでも九州に戻ることなく当初予定していた西からのコースではなくて南からのコースで大和入りを決意しました。
そこには矢傷を負ったイツセノミコトの強力な説得があったからに違いありません。
「この話は、分裂の危機にある神君スサノオが建国した和国をひとつにするためのものである。ウマシマジ、タケツノミ、そして自分がひとつ想いとなって推し進めてきたことであり、私はウマシマジを信じて毛ほども疑っていない。あの襲撃は・・・なにかの手違いであり、断じて大和側の策略では無い!」
矢傷を負ったイツセノミコト本人の口から、ゆるがぬ信念によって懇々と語られることによって、疑念に陥ったイワレヒコはぎりぎりのところで説得させられたんだと思います。