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2009年2月

目から鱗の話 ^^

インターバルトレーニングに関する弱音と励まし

走友会で土曜の自主トレーニングとしてトラックを利用したインターバルトレーニングに取り組んでいます。1000m×5本、1本1本の間を200mのジョグでつなぎます。速く走るための筋肉は実際に速く走ることによって鍛えるのがもっとも効率が良い?と思って参加していますが・・・・
一緒に参加している人たち(快速ランナー、サブスリー経験者、国際レース常連ランナー^^)とは、別メニュー、まったくついていけない訳です。まぁ当たり前といってしまえば、それまでなのですが ^^;
ただ、速く走ることができない理由に心肺機能の強力なブレーキがあります。息があがる、苦しくて走れないわけです。

インターバルトレーニングの練習会に参加しても、キロ4分前後のスピードで走ることしかできません。これくらいのスピードでも1000m走りきった状況での心拍数は、かるく170を超えており、体感的にはかなり辛い状況となります。
大勢での練習であっても、結局はひとり遅いペースでチンタラと・・・・・orz

迷いが出てきました。

・フルマラソンの対策としてのインターバルトレーニングは、自分には(今の段階では)不要ではないのか?
・フルマラソンのペースは、例えばサブスリーのペースはキロ4分15秒くらいであるので、インターバルトレーニングにおいて3分45秒とか3分30秒で走る必要は無いのでは? 駅伝向けの練習としてのインターバルトレーニングなのでは?

日曜の走友会の練習において若手のコーチ役をされている○○さん(びわこ毎日マラソンを出走していた快速ランナー、現在も余裕でサブスリーを維持!)とおしゃべりジョグする機会があり、悩める初心者ランナーのためのなんでも相談室をお願いしました^^

「本番で速く走ろうと思っても、速く走る動作を身体と脳が練習によって学習済みで無いなら、本番で(いきなり)出きるものではないです。なので速く走る動作、イメージを身体と脳に学習させてあげることは重要であると思います。」

「たしかにフルマラソンのペースは駅伝とかのペースと比べて遅いですが、自分の絶対的な最高スピードを上げることができれば、フルマラソンのペースをとても楽に感じることが出来ます。インターバルで走るフルマラソン向けではないペースが無意味だとは思いません。」

「練習会で、皆のペースについて行けない場合の対応ですが、独りで(遅いペースで)1000mをきっちり行うよりも、1000m走りきることが出来なくても、800mでも600mでもいいから、速い集団の中で走っていったほうが良いのではないでしょうか。練習の一体感もあるし、速い人のフォームとかを学べるし。ただ、400mしかついていけないとなると、ちょっと・・・ 笑)」


とのことでした。これまで、途中までしかついていけない状況を 恥(?)とかズル(?)というような捉え方をしていたのですが、自分としては目から鱗の落ちる思いでお聞きしました。 実際に(次回の練習会で)実践するのが楽しみになっています。^^

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荒川の風に逆らって? 30km合同練習会^^

ランニングSNSジョグノートのコミュニティー「荒川の風」でのオフ会企画、30km走合同練習会でした。

昨日の雨がウソのような好天気♪ ただ若干?風が強い・・・

赤羽近くの知水資料館(AMOA)を集合&受付場所とし、近くの銭湯「テルメ末広」さんに荷物預かりをしてもらって、総勢19名の練習会となりました。

受付のAMOAにて申告予定ペースによってグループ分けを実施、グループごとにペースメーカーとおよその走り方を事前打合せを行った後、いざスタート地点の青水門へ

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 (スタート前の集合写真はJognoteのseichanさんの練習記録より拝借^^;)

最初は、一斉スタートしようかと考えていましたが、LSDチーム、キロ4分50チームという順番で3分くらいづつ遅らせながらウェーブスタートすることに変更としました。(このおかげで、速いチームの走りを、追い抜かされるタイミングで後ろから見ることができて良かったです♪)

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写真は、最初にスタートしたLSDチーム(いけさん、Love☆Beerさん、potaさん、ラさん、あきらさん) ゆみさんは下流からの逆走合流?

3分遅れの我らが4分50チームは、しゅんぱぱさん、ゆうさくパパさん、まさorzさん、だいぶさん、紀伊九郎。ペースメーカーしゅんぱぱさん♪ 最初から最後までほとんどブレることなく実に正確なペースメイクをしていただけました^^ (途中からついて行けなくなりましたが 笑)

Sh530003 写真は出発してから18分後、後ろから来た4分30秒チームに追い抜かれるタイミングの一枚♪(ウェーブスタート、大正解です^^)

4分30秒チーム、サブスリーを目前にひかえた快速ランナーチームは、岩淵水門さん、nakanakaさん、seichanさん、∴∵さん、HIROくんさん

写真を撮りそこないましたが、4分30秒チームに抜かれるかなり前のタイミングで今回の最速チーム4分15秒チームに抜かされました。後で聞くところによると4分を切って走っていた? 笑) 速い筈です ^^ (Macさん、ニチャ夫さん) 突発的なお仕事でスタートが遅れたマツモトさんも、特急で仕事を片付けて駆けつけてくれました^^ 

今回のコース設定ですが、折り返し地点を2箇所もうけているので、先行したチームが戻ってくるタイミングで何回もすれ違うことができました。すれ違いぎわにセンターラインに一直線にならんでお互いにハイタッチ♪ なんか楽しいな~~^^

さて、最近は圧倒的に走りこみ不足の自分です。30km走にチャレンジしては途中で挫折してラーメン屋に避難したり、コンビニで食事を摂ったり、先週の本命ハーフマラソン(上里)では、寝坊するわ、トイレで○○○、足の爪がいたくなって途中でジョグになるわ・・このところ散々の走りがつづいてます。

今回の練習会でも直前までLSDチームに入ってお茶を濁して済ませる作戦でしたが・・^^;
気持ちを切り替えて(心を入れ替えて?)30kmペース走、4分50チームでした 笑)

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おしゃべりしながら走れたのは10km折り返し地点まで。

折り返して 初めて判る 荒川の風 >< 

レース本番と同じです 苦笑)
10kmまでとおなじペース走っていても心拍数はどんどん上がっていきます。きついorz
それでもなんとかしゅんぱぱさんにひっぱっていただいて20km地点(スタート地点の青水門)まで到着、ペットボトルを差し替えてそのまま上流方向へむかいますが、両足の疲労感がだんだん強くなっていきスピードが出ません。

Sh530004 なんとか気力で、ゆうさくぱぱさん、しゅんぱぱさんを追走するも・・・もう限界です。24kmで追走を中止しペースダウンでした。それでも24km地点まではペースを崩すことなく淡々と走れたのは集団ペース走のおかげでした。(ひとり練習なら間違いなくハーフで中止してます・・ 笑)

その後、すこし回復してスピードを取り戻したりもしましたが、最後にはキロ6分ペースでした。これがフルマラソンであるとしたら30kmの壁に辿りつく前のタイミングでの撃沈ですので、40km付近ではてくてく歩いている自分があぶりだされた?ようでした orz

結果 2時間29分15秒 

荒川マラソン、今のコンディションでは目標タイム3時間20分(4分45秒ペース)は、あきらかに高望みです。 目標タイム、目標ペースの大幅修正が必要なことが判明しました。 orz

充実した練習の後は、テルメ末広さんでお世話になって汗を流し、赤羽駅前でアフター(食事会)でした。

Sh530005  苦しくもあり楽しくもあり^^ 充実した一日となりました。

今回の練習会企画、ご賛同&ご協力いただき参加されました皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。^^

今日の練習会の成果が(多少なりとも)本命レースでの快走に結実しますように!!

[追記 2/22]

「荒川の風に乗って♪試走会」参加されました皆様、お疲れ様でした。練習結果を練習記録より(無断で^^;)ピックアップして受付表の記入内容とともに整理しました。

      凡例 
      ■練習会チーム
      HN:本命レース(目標time)練習距離(練習time)

■4分15秒チーム
MACさん  :東京M(2時間48分)30km(2時間7分)
ニチャ夫さん:荒川M(2時間59分)30km(2時間7分)

■4分30秒チーム
マツモトさん:荒川M(2時間44分)30km(2時間10分21秒)
∴∵さん  :東京M(3時間30分)30km(2時間13分)
岩淵水門さん:荒川M(3時間8分)30km(2時間16分21秒)
HIROくんさん:東京M(3時間8分)30km(2時間17分)
seichanさん:荒川M(3時間15分)30km(2時間21分55秒)
nakanakaさん:ヨロンM(3時間20分)21km(1時間36分5秒)

■4分50秒チーム
しゅんぱぱさん:東京M(3時間10分)30km(2時間25分25秒)
紀伊九郎  :荒川M(3時間30分)30km(2時間29分15秒)
まさorzさん :荒川M(3時間15分)30.2km(2時間33分3秒)
ゆうさくパパさん:荒川M(3時間59分)30km(2時間33分54秒)
だいぶさん :東京M(3時間30分)30km(2時間41分16秒)

■LSDチーム
あきらさん:荒川M(3時間59分)30km
Love☆Beerさん:未定(未定)30km
ラさん  :荒川M(4時間30分)30km
potaさん :荒川M(3時間59分)30km
いけさん :霞ヶ浦(4時間7分)10km

■LSD(逆走合流)チーム^^
ゆみさん :未定(未定)24km

(※LSDチームの練習結果は距離のみとしました)

皆さん、お疲れ様でした♪ ^^
本命レースにむけて頑張っていきましょう~~ 

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武蔵二ノ宮 金鑚神社

上里乾武マラソンの帰りに武蔵二ノ宮として有名な金鑚神社に寄ってから帰ることにしました。近くには温泉もあるようで、レースの疲れを流すのにちょうど良いし^^

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道路に面した大きな鳥居をくぐって200mほど上ったところまで車でいけました。駐車場から直ぐ見えるところにある塔? 国指定の重要文化財指定だそうです。

 

さらに奥に上っていったところに社殿へむかう鳥居があり、説明板がありました。

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拝殿の左に回って、本殿を写しました。あれ?本殿が・・・無い?

090215151427そうなんです。さきほどの説明板にも書いてありましたが、ご神体が「山」であり本殿が無いのは、大神神社、諏訪大社、そしてここ金鑚神社だけということで、非常に古い形式の神社だそうです。

説明板以外にも、ご祭神とか由緒とか、詳しいことが書かれた自由に持ち帰れるパンフレットが置いてありました。

ご祭神は、アマテラスとスサノオ 配神として、ヤマトタケル ということです。

武蔵二ノ宮ということで、大宮の氷川神社の次に偉い(古い?)神社だそうです^^

さて、この神社の奥の山には 鏡岩という不思議な岩があるそうです。

090215151607ここまで来て、見ずに帰るわけにはいきませんが・・・400m登るの?orz

ハーフマラソンをへろへろと走った後の身で orz 

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ちょっと覗いてみると・・・オイオイこの階段を上がるのですか?

マジですか orz (鏡岩まで 347段 ありました 苦笑)

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見学&参拝を終えて、近くの温泉でひと風呂あびました^^

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上里乾武マラソン

上里乾武マラソン、完走できました^^;

朝、目覚めた時点で7時20分!完全に寝坊orz 
飲まず食わずで高速を飛ばし会場に着いたはいいが駐車場が満車・・・会場から随分離れた駐車場に誘導されてしまった。焦る焦るorz
会場までアップジョグを兼ねて走って行き受付を済ませたときにはスタート30分前、なんとか間に合いました。
ところが、時計(心拍計)を自宅に置き忘れたことに気がつきました。orz しかたなくブース(スポーツショップ)で50ラップ可能な小さなランニングウォッチ(\3900)を購入。なんだか踏んだり蹴ったり・・・

そんなこんなで着替えをしてゼッケンを着けて・・あれ?隣にいるのは・・このまえ荒川りばーあっぷでご一緒したJognoteのラン友のいけさんだ♪ いけさんのほうで私に気がついてくれてご挨拶^^

結局レース前にトイレは長蛇の列で orz そのまま(レース途中での○○○を覚悟のうえで)スタートするはめになってしまった。orz

陸連登録と一般と分けることなくスタートでしたが、参加者が少ないせいもありタイムロスは少なかったです。(7秒くらいかな)

ハーフのコースですが、大田原マラソンと同様に周回コースを2周するようなコース設定がされていました。また、あとからスタートした10kmレースの人たちもほぼ同じコースを走るので、10kmの快速ランナーに途中で抜かされるかたちとなります。最初は事情が飲み込めなくて、どうしてこんな速い人が後ろから追い抜いていくのか!理解できませんでした 笑)

そして、パンチパーマの長身ランナー、背中に「中山竹通」!
ゲストランナーの中山選手が追走するランナーの一団を引き連れて追い抜いていきました^^
私の走りですが、トイレで出すべきものを出さずに走っているのと、いつもの(ペースを把握できる)心拍計をせずに、買ったばかりのランナーズウォッチをして走っているのとで、なんだかいつもの調子で走れません。そしてキロ表示が・・・あったり無かったりorz ペースを把握するために買った時計でしたがキロ表示が見つからないので役に立ちませんorz

6km地点のエイドに簡易トイレが2基ありました。そろそろヤバくなっていたので助かりました。2~3分のタイムロスとなってしまいました。この時点でもう自己ベストを狙う気が失せてしまって、どんどんペースが落ちていきます。頑張る気力がありませんでした^^;

さらに、この前の坂道LSDの時に足の親指の爪が長かったために爪にダメージを受けた部分が痛み始めました。ここで無理して爪が剥れるような状況は回避したかったので更にスピードを落として対応することに・・ orz 完全LSDモードにチェンジです。

結果、1時間51分18秒

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なんだかな~~ orz

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神武東征の物語 (5) アジスキタカヒコネ

今日は建国記念日、紀元節です。神武東征ではなくて神武東遷での記念日、イワレヒコとイスケヨリヒメのご成婚なさった日ですね^^

さて、日向名をアジスキタカヒコネ、出雲名をタケツノミ(武角身)、通称ヤタガラスについて書こうと思っていますが・・・ちょっとトンでもなく深い迷宮に迷い入ってます。

タケツノミ自身については、オオナムチ(大国主)とタギリヒメ(コノハナサクヤヒメ)の長男ということで、これまでにも何度か触れています。
問題はそのタケツノミの奈良での居住地である葛城・・・ いわゆる葛城王朝説、ちょっと謎が深いです。そして京都の賀茂・・・

アジスキタケヒコネは葛城(御所)の高鴨神社のご祭神なわけで、神武天皇の片腕としてこの地方に住んで活躍した姿が想像できます。この鴨神社ですが、京都にも似たような神社があり賀茂神社(上賀茂、下賀茂)として有名です。そして鴨(賀茂)の一族と渡来氏族の秦氏との強いつながりを指摘する人たちがいます。秦氏といえば知る人ぞ知る、流浪のユダヤ民族であるとか、弓月国(中央アジア、カザフスタンあたり?)の人たちであるとか、とにかく養蚕や土木(治水)建築などの高度な技術力をもった人たちです。 この関連での有名なお話ですが、三種の神器のひとつヤタノ鏡のうらにヘブライ語で旧約聖書の一句が刻まれているとか・・・・ やばいですね~ トンデも本の世界に迷い入ってしまいます。

鴨(賀茂)氏の有名人、何人か知っている人がいました。賀茂真淵、この人は幕末の蘭学者(医者)だったかな?(あまり詳しく知りません^^;)
最近(・・といっていいかな?)流行ものとなった陰陽師の安倍清明のお師匠さんである賀茂忠行。平安時代の陰陽師の宗家としての賀茂家を興した人だそうです。

さらに時代を遡ると、葛城における超有名人である役小角! 鴨氏のスーパーエリートです^^ (あれ? 今気がついたのですが役小角の角は、武角身の角とおんなじだ^^)
この人がもっとも特徴的であると思うのですが、鴨(賀茂)氏の氏族としての特質は、その宗教性であるように感じています。
奈良の初期の仏教界の高僧の多くが葛城(葛城山や吉野で)修行しており、山林仏教の匂いをぷんぷん漂わせていたり・・・

ところで葛城のご祭神の一言主(事代主のことか?)が土佐の地に流された話があります。雄略天皇によって流されるわけですがご祭神が流されるということは、祭神を祭っていた鴨の一族もろとも流されたってことだと思います。その物語の中で面白いのは、一言主が雄略天皇とそっくり?だったと書かれていること。この記述から、葛城王朝説、つまり天皇家に匹敵するほどの勢力をもった鴨の一族が存在したと考えられるわけです。

「そっくり」だったのは経済力や軍事力のことではなくて、氏族としての特質もそれに該当していたのかもしれない? 天皇家が日本国の祭祀の頂点、祭祀王として(今でも)存続しているように、そのような高い宗教性、あるいは宗教的な権威を鴨の一族は持っていたということか?

一言主が出雲国譲りをうけた事代主のことであるとすれば、兄弟で大和平野の西南の葛城に居をかまえたということかもしれません。そのとき考えられるのは、出雲国の正統な継承者である大国主の末子としての(国譲りをうけた)事代主と、日向と大和系(ニギハヤヒ系)出雲の統一的な継承者としてのイワレヒコ(神武天皇)が、大和平野に並立するときに・・・どうだったのだろうか?(どっちが偉かった的な話^^) 葛城王朝説、ちょっと面白いですね~^^;

そもそもこの鴨の一族やイワレヒコ(天皇家)の宗教性の原点はどこから(誰から)もたらされたのか?

記紀成立の目的(当時の国際情勢)を考えるとそれを明確にすることは出来なかったのでしょうが、いわゆるトンでも本の指摘するような可能性(日ユ同祖論)はあったのか?

いろいろ調べていたら、葛城のカツラはツタ科のそれではなくて高木(桂)のことなのではないか? (埼玉の毛呂山の桂木観音の桂ですね。行基が開基のお寺ってところも繋がるし^^)

そして、高木の神は、ヒミコの男弟と魏志倭人伝において書かれたのではないかと疑われている知恵の神の高皇産霊のことです。日本古代正史の中でのヒミコ(大日霊女)の章において「タカミムスビ(高御皇産霊)の神は実はヒミコの愛人のひとりである」と推察しておられます。この原田常治さんの推測によると、神武天皇のお父さんであるウガヤフキアエズの尊は高木の神の子供である(可能性がある)とのことです。

神武天皇の祖父の(可能性のある)高木の神  ・・・・ 気になります^^

オオクニヌシと一緒に祭られることの多いスクナヒコナという人がいます。この人は智恵の神として伝わっています。また高木の神(タカミムスビ)の指の間からこぼれ落ちた子だとされています。常にオオクニヌシと一緒に活躍していることから考えるとオオクニヌシはタカミムスビ(高木の神)、スクナヒコナの親子から少なからず影響を受けた可能性があるということで・・・・

記紀は出雲系の血脈のみならず、日向系のこの高木の神(タカミムスビ)の素性をも隠蔽しているのかもしれない? 

いやぁ~ ここまで書いて、自分でも何だかよく判らなくなってきました orz 苦笑)

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WGM練習コース 30km(大東文化大コース)下見

走友会(WGM)のいつもの練習コースである高麗川大橋往復のハーフコースのオプションとして、30kmとなるようなコースを走ってきました。

このまえ自動車で下見をした岩殿観音のある物見山、大東文化大学のキャンパスを横切る坂道を走って物見山を周回して戻るコースとなります。

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コースは、途中まではいつも走っている高麗川大橋コースを辿り、9km地点にある橋、車道と歩道が分かれている橋から大東文化大の方向に走っていき山坂を12km走ってふたたびこの橋のところに戻る形になります。

 

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今日の走りは・・・・10km付近で自然に呼ばれ・・・スッキリした後でふたたび走りましたが・・・・25km以降は完全な歩きとなってしまいました。orz

このコース、春と秋に小川町からのマラニックにおいて走るコースを一部分共有します。千代田公園から丁度半分となる15km地点が岩殿観音の駐車場(トイレ、水場、うどん屋)となります。

次回、デジカメ持参で走ったあとで写真付きで紹介します^^

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神武東征の物語 (4) タケミカヅチ

タケミカヅチ、とっても怪しい ^^;

タカクラジ(高倉下=天香山)の次はアジスキタカヒコネ(またの名をタケツノミ、通称ヤタガラス)を取り上げたかったのですが、どうにもタケミカヅチが気になってしょうがない・・・

神武東征の物語では、天上(日向側?)の作戦会議において登場し「自分が出かけるに及ばず。自分が葦原中つ国をかつて平定したときの剣(フツノ御魂)をもっていけば事足りる」と発言します。

日向の最高の武将で、出雲国ゆずりにおいては剣の上にあぐらをかいて出雲国ゆずりを強要し成功します。その後でタケミナカタを追いかけて諏訪の地まで進軍し「一生諏訪の地より出ません」とタケミナカタに誓約させた猛烈な武将ということです。

関東の古社である「鹿島神宮」のご祭神であり、そこから分霊して奈良の春日大社のご祭神になっているとのことで、藤原不比等が藤原(中臣)氏の氏神として(先祖)としてルーツを求めた氏神様ということです。

不比等さん、一方ではスサノオやオオトシ(ニギハヤヒ)の事跡や栄光を改竄あるいは隠蔽し、もう一方での自分の先祖と称するタケミカヅチに英雄的なエピソードを与えています。

タケミカヅチ・・・・・どうなんだろうか?

タケミカヅチのモデルとなった実在の人物は誰?
勇猛な日向系の武人が本当に居たのか?
本当に藤原(中臣)氏はその子孫であるのか?
タケミカヅチのモデルになるような日向系の実在の武人は本当にいたのか?
出雲系の実在の武人の事跡を隠蔽し日向系の武人として書き換えた可能性は?

タケミカヅチと一緒にタケミナカタを諏訪まで追い詰めたもうひとりの武将のフツヌシという人が鹿島神宮のすぐ近くの香取神宮に祭られています。この人の場合についてはかなり具体的に(詳しい)伝聞が残っているようでその人物像を描けますが、タケミカヅチについては詳細なこと(親や子の記録など)が何も判らないそうです。

実在のモデルとなるような日向系の武将がいたとしても、フツヌシの手柄を横取りするような形でかなり美化しているんじゃないか? と疑ってしまいます。

もうひとつ見過せないのは、神武東征における天上会議の席上のやりとりでの発言、

「自分が出かけるに及ばず。自分が葦原中つ国をかつて平定したときの剣(フツノ御魂)をもっていけば事足りる」

葦原中つ国が大和平野であるならば、そこを平定?したのはニギハヤヒしかいません。
葦原中つ国が広い意味での和国のことであるのならば、タケミカヅチはスサノオになります。

この発言をする前にタケミカヅチがどのような活躍をしているかというと、出雲国ゆずりの談判において砂浜におったてた「十拳の剣」のうえにあぐらをかいて国譲りを強要する勇ましい武人として登場します。そして最後まで国譲りに抵抗したタケミナカタを信州諏訪の地まで追いかけていき降伏させます。

もしからしたら「自分が葦原中つ国をかつて平定したときの剣」というのは、実際の戦場において使われたという意味ではなく、この出雲国譲りのことなのかもしれません。

出雲国譲りにおいて事代主が正当な継承者であることを証明するために、スサノオの孫、オオクニヌシの末子として受け継いだ正統継承者の証拠の品としての「十拳の剣」を根拠にして(あぐらをかいて)タケミナカタの主張を退け出雲の人々を説得した」ということを意味しているのかもしれません。

いずれにしてもフツヌシやニギハヤヒあるいはスサノオの業績をもとに創造した架空の人物のような気がするんです。 さもなくば実在した人物かもしれないが、かなり大胆に脚色して英雄化したような人物・・・・ ^^;

里中満智子の「天上の虹(漫画)」において、不比等が奏上した記紀(神話)の内容を読んだ持統天皇がその感想を述べるシーンがあります。非常に面白いです。

この漫画、そうせざるを得なかった当時の国際情勢、国内事情、持統天皇の心情などがよく説明されていて非常にGOOD♪です^^

父親である天智の長男の「大友」と夫である「天武」の間で皇位を争った壬申の乱。
天武亡き後の皇位継承の争いのもつれで処刑された「大津」は実の姉の息子。その大津の処刑の決断を自分自身(持統)が下すことになります。近親の間での骨肉の争いの辛酸を見続けていたわけです。皇位を継承するタイミングで娘を嫁がせた皇子をかついで勢力争いをする豪族(継承後に皇后の実家という権力の獲得)に嫌気がさしていた? 蘇我氏や、物部氏といった有力豪族というものが嫌になっていたのかもしれません?
藤原不比等、大和の初代統治者であるニギハヤヒ大王の存在を歴史の闇に葬り去って、天照国照という本来はニギハヤヒの尊称をかすめ取って日向のヒミコ(スサノオの現地妻)に与えています。そして女性(ヒミコ=アマテラス)が皇祖神であるという神話を創り出すことに成功します。
このことは、持統天皇の神聖を高めることで皇位継承のたびに繰り返される骨肉の争いに終止符を打つことがひとつの目的であった・・・・ということらしいです。

このタケミカヅチという軍神は、もしかしたら、持統天皇のもとで忠実な家臣として政策を遂行している自分自身(不比等)をこっそりと神話の中に紛れ込ませたのでは? ^^;

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