纒向遺跡
今朝の新聞の文化欄に「纒向遺跡と国家誕生の息吹」と題した記事がありました。
記事によると奈良県桜井市の同遺跡から大型の建物跡が発見されたため「卑弥呼の宮殿跡を発見」とか「邪馬台国大和説が有力に」との見出しで大きなニュースになっていると書かれています。
この土日で現地で説明会があるそうで 1万人?の人出を見込んでる? 笑)
http://www.asahi.com/national/update/1113/OSK200911130114.html
http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/091114/acd0911141145003-p2.htm
少し前なら気にもとめなかった話題ですが^^
記事では纒向遺跡の特徴を次のように説明しています。
~土器が東海から北陸、九州まで幅広い地域から持ち込まれる。こうした点から纒向は列島各地の人々が集めらあれ、「新首都」として建設されたとの説が唱えられてきた。宮殿群の意義は、首都に不可欠な要素が初めて加えられたことである。~
このあと、魏志倭人伝の卑弥呼の説明に記事の大半が使われて、邪馬台国の大和説が俄然有利になり、九州説は「お国自慢的なレベル?」とかかかれています。
古代史ネタ♪ 楽しいですね~^^
ただ自分としてはすこし不満なのは、奈良の地、大和の三輪山の山麓にある遺跡であるのに、記紀に書かれている(二世紀頃の同地での出来事と推察されている)神武天皇の即位がひとことも触れられていなかったこと。
神武東遷はもちろん、神武東征も、否、神武の名すらひとことも書かれていない。^^;
唯一関連する記述としては
~ こうしたことは、「最初の実在した天皇(大王)」とされる第10代祟神天皇の都宮(磯城瑞籬宮)や11代垂仁天皇、12代景行天皇の宮がいずれも纒向の地に営まれたとする記録とも符号する。 ~
とあるのみ。
符号する記録というのは、もちろん古事記日本書紀のことですが、記録?ですか・・・ 苦笑)
日本側の、自国の歴史資料に対するこの取り扱いの不当さはいったいなぜ?
記紀にあるロマンあふれる大和周辺でのエピソード「神話?」については一瞥もされないってことですね ^^;
よく言われることですが、卑弥呼という 屈辱的な漢字をことさらに選んでかかれている他国の歴史書の記述を大問題にして、やれ九州だ、やれ大和だ・・・ ちょっと情けなくないか~
日本書紀、古事記の問題、すなわち当時の歴史の勝者(藤原)の意図が強く働いており、改竄や隠蔽やらの疑惑は大きいのであるが、それでも「神話」というひとことで片付けちゃって一瞥もされずに切り捨てられて、魏志倭人伝のスカスカの記述に振り回されて右往左往するのは、ちょっとねぇ~
『せっかく世界でもトップレベルの「おもしろい古代史」が日本には眠っているのに、これを知らないままでいるのはもったいない話ではないか。太古の物語はわれわれ日本人の遺伝子に焼付けられているはずである。だからわれわれは、京都を愛し、ヤマト(奈良)を懐かしむのである。』
古代史ノンフィクション作家の関祐二さんの「古代史9つの謎を掘り起こす」の前書きの言葉です。
まったく同感です。^^
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