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パワースポット巡り(8) 須我神社

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9月8日、須我神社です。

スズメバチに刺された強烈な痛みを臀部にかかえながら、夕暮れ前のタイミングで訪れました。

この神社(史跡)は、ヤマタノオロチを退治したスサノオが、クシイナダ姫と一緒に居を構えた場所ということで、「清清(すがすが)しいなぁ~」とか言ったので須我(スガ)神社となったということです。

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須我神社とよく似た名前の神社、須賀神社に日光街道マラニックの際に偶然立ち寄ったことがありました。

須賀神社(wikipediaより引用)

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須賀神社(すがじんじゃ)は、牛頭天王・須佐之男命(すさのおのみこと)を祭神とする祇園信仰の神社。日本全国に存在する。「すが」は「須我」「清」「酒賀」「素鵞」などとも表記される。島根県・高知県に特に多い。他に祇園信仰に基づく神社名称としては、八坂神社(八阪神社・弥栄神社)、祇園神社、広峯神社、天王神社、八雲神社、素盞嗚神社があり、時代や資料によって通用される。

社名は、日本神話において、スサノオが八岐大蛇を退治してクシナダヒメを妻とした後、出雲国須賀に至って「吾此地に来て、我が御心すがすがし」と言ってそこに宮を作ったことに由来するものである。須賀神社の多くは、明治の神仏分離まで「牛頭天王社」などと称していた。

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ということで? この「スガ」という音(よみ)が非常に気になっています。

(以下、根拠のないボヤキ記事? 珍説弓張月の類かも ^^;)

パソコンで「suga」と入力して変換をかけると、須賀と一緒に「菅」という字も候補として表示されます。「菅」を「スガ」と読まずに「カン」と読むと? そう、菅直人(内閣総理大臣)の「カン」です。^^

また平安時代に藤原氏の陰謀によって大宰府に左遷されて憤死した学問の神、菅原道真の「スガ」でもあります。

菅原氏は、もともとは須賀原氏であった?

それを「須賀(スサノオとの関連性を強く感じる字)」と書かずに、意図的に「菅」と表記したのではないか?

(平安時代のこの事件で陥れられた菅原氏というのは、実は須賀原氏、あるいは蘇我原氏ではなかいのか?)

平安時代は藤原の天下であり、藤原といえば、蘇我入鹿(=聖徳太子、関裕二説)を惨殺した藤原鎌足、古事記、日本書紀の編纂事業において歴史を隠蔽改竄し蘇我氏の事跡を闇に葬ったといわれる藤原不比等です。

この藤原が敵視した「蘇我」は、「須賀」と同じである、という説があります。

スサノオという名前ですが、須佐の男=>須佐(地名)に住んでた男?程度の意味であり、あくまで通称であって本名ではないようです。

そして、スサノオのクシナダヒメの長男として誕生し、須我神社に配神として祀られている「八嶋野尊」のおくり名が「清之湯山主三名狭漏彦八島野命」(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまぬみこと)となっています。

この「清」という字には、もともとは原文では「蘇我」と書かれていたようなんです。(<=蘇我能由夜麻奴斯弥那佐牟留比古夜斯麻斯奴)

スサノオの本当のお名前は、「SUGA(須賀、蘇我、菅)」さんだった?

奈良県橿原市に(逆賊であるはずの)蘇我入鹿を大切に祭っている神社があり、その名も、蘇我入鹿神社だそうです。

蘇我入鹿は、神社の地元の住民からは「入鹿公」として敬慕?されているということです。そしてこの神社の御祭神が「蘇我入鹿」と「スサノオ」となんです。 

なんだか、とっても面白いんだけど ・・ ^^

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須我神社を後にして、夕暮れの中を、スサノオの末娘「スセリヒメ」の史跡ではないかと原田さんが古代日本正史の中で書かれている神社、三屋神社に向かいました。

三屋神社は、これまで辿ってきた有名な史跡や神社とは違って歴史的な意義については明確にされていません。この神社がスセリヒメの史跡であるというのは、原田常治さんの仮説に過ぎず、史跡(観光資源?)としての整備の対象にはなっていません。

地図を探しても見つかりませんでした。

暗くなりはじめた田舎道を辿りつつあるうちに迷ってしまいました。

ここかな? と、偶然迷い込んでしまった神社、これがナント! 

「天満宮(=菅原道真)」でした。 ^^

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(今、この由緒を読むと、菅原道真は、その先祖(野見のスクネ)の地を訪ねて当地を訪れたと書かれているので、間違いなく出雲系の氏族、SUGA(須我)から派生したお名前だったわけですね。^^)

この時は(現地では)、菅原道真とスサノオの関連性については、まったく気がついていなかったので、すぐにとってかえして、三屋神社を探して引き返しました。

三屋神社、なんとか、夕方の薄明かり、ぎりぎり写真撮影が可能な時間に辿り着きました。

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