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パワースポット巡り(9) 出雲大社

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9月9日、もう2ヶ月も前のことなってしまって・・・ ^^;

(このシリーズ、無理やりにでも終わらせないとなぁ~ 苦笑)

前日のスズメバチ&天狗山のダメージを引きずりながらも、直接的な(蜂に刺された)痛みはなくなりました。パワースポット巡りの最終日は、出雲大社です。

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出雲と言えば出雲大社&オオクニヌシ、世の常識(?)です。これに異を唱えるつもりではないですが、神社伝承から見た出雲大社については、どこか府に落ちない「無理やり感?(藤原色の強かった当時の朝廷による作為)」を感じています。

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・ご祭神である「オオクニヌシ」の不明瞭さ

・成立時期と熊野大社との関係

・記紀神話と出雲大社、出雲国造のうさんくささ

などなど、いろいろです。

多くの作家、歴史家が説得力あふれる様々な自説を展開していますので、知れば知るほど混乱してしまう? ような気がします。

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はっきりしたことは判りませんが、こんな事情なのかな?と想像しています。(以下、妄想過多取扱い注意!^^;)

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7世紀末の海外事情、大国「唐」の侵略によって、朝鮮半島の百済、高句麗、新羅の三国は、次々に滅亡し、その度に大量の亡命移民を日本が受け入れている状況において

「次は日本の番?!」 

大国「唐」の脅威にさらされていた大和朝廷

それに対抗するためには、それぞれの氏族が自分たちの利益を中心として朝議をとりおこなっているようでは太刀打ちできず、強力な指導力を発揮できる中央集権国家として国(政府)を作り変える必要があったのでしょう。

(この時代感覚、なんとなく黒船がやってきた幕末の世相と似ているのではないかな?)

大和朝廷で古代から続く合議制による政治形態では、海外(唐)の脅威にたいして対抗することはできない。律令にのっとった中央集権的な国家として国内を統一する必要があった?

統一の障害と考えられたのは、これまでの大和国の建国と発展に功績がある有力豪族たちの存在、具体的にはスサノオ、ニギハヤヒの後裔である物部とヤマトタケルの後裔である蘇我であった。(と想像してます^^;)

歴史編纂と政治改革の両面において絶大な影響力をもってしまった藤原不比等(藤原氏)、

「過去の(建国の)英雄たちについては、その英雄たちの輝かしい歴史を完全に葬ってしまうと色々問題になるので、こんな感じで塩梅よくやってくんない?」

「物部さんとこのスサノオはんは神社のご祭神として全国規模になっちゃってて隠しよう無いでっしゃろ~、そうだ、いっそうのこと神話の世界の出来事にしちゃって現実感を失わせてみよか。ほんでもって出雲に(仏教寺院に負けんような)神殿を作っちゃるからさぁ~、それでどう?」

「ニギハヤ殿については、そうだなぁ~ 神武天皇の舅だし、大神神社のご祭神として民の崇敬を集めてはるさかいに、あんまへんな小細工は出来へんなぁ・・・。完全無視(記述なし)が良いかなぁ~・・・」

「蘇我んとこの(ヤマトの)タケちゃんは、現実離れするくらいの滅茶苦茶カッコええ男前として書きたてたうえで早死にさせましょか。悲劇のヒーローとして白鳥にでもしてどっか遠くのほうに飛んでってもろうて、後半生は現実離れした長命の(三百歳の)謎のジジイ「ウチノスクネ」として別人にしてまえ。」

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出雲大社と関係ない方向にどんどん反れていくなぁ・・・ 苦笑)

きりが無いので、以下、写真のみ掲載して(無理やりに)終了です。^^;

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