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ヤマトの「武」の情景 (5)

今日の朝刊によると、昨日(3月18日)、建設中の東京スカイツリーが完成時の高さである634mに到達したとのことである。

新聞(産経)には、634の意味(語呂合わせ)について次のように書かれています。

~634mは建設地がかつて「武蔵国」とよばれてたのにちなむ。~

このムサシ(武蔵)の語源はどこにあるかというと、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社にまつわる日本武尊(ヤマトタケル)の故事、

~日本武尊が東征の際に御獄山上に武具を蔵したために「武蔵」の国号が起こったといわれる。~ 

というのが国号「武蔵」の由来とされています。

関東地方が吾妻(あずま)の国と呼ばれるようになったのは、日本武尊が走水の海中に身を投げたオトタチバナヒメを想っての感嘆の叫び「吾が妻よ」に由来しますが、それと同じように、武蔵についてもヤマトの「武」ことヤマトタケる(日本武尊)の故事がその由来であるようです。

そういえば、秩父の武甲山(石灰質の地層のためにセメントの原料として山の形が変わるほど採掘されていますが)、この山の名前の由来も、

~ 日本武尊が、自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に奉納したという伝説が元禄時代の頃から定着した。 ~

とのことです。

ヤマトタケル、あまりにカッコ良すぎるために、寄せ集めの創られたヒーロー、架空の人物として扱われることが多いですが、関東各地の神社の伝承は非常に具体的であり、記紀の物語の真偽はともかく、日本武(ヤマトのタケ)と呼ばれた人物が実際に関東各地を歩かれたことについては疑いようのない事実のようです。

カテゴリー「古代史の迷宮」ですが、昨年の秋からパワースポットめぐりということで、しばらく中断していたヤマトの「武」の情景シリーズ、またちょこちょことアップしていきます。^^

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