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令制国

録画済みのハードディスクの中から「ぶらタモリ-国分寺-」について見直していたら、律令国家における地方の国名の一覧が、古代の道の名のもとに分類されている図が紹介されているシーンを見かけました。

あれ? あらためて見ると、ちょっと面白い^^

古代の地名について、番組で紹介された(ネタ元?)資料をネットで見つけました。

Kodainomiti

この古代の国(地方自治体)の地境、現在の地方行政区分の都道府県とほとんど同じものもあるようです。群馬(上野)とか栃木(下野)とか、この1300年くらい、まったく変わっていない? ^^ 

~ 令制国一覧(りょうせいこくいちらん)は、7世紀後半から明治時代までの日本国内の地方行政区分、国(令制国)の一覧である。令制国の改廃は、奈良時代までと明治時代になされ、その間の平安時代から江戸時代には長期にわたって変更がなかった。 ~ (wikipedia 令制国一覧より)

この1300年前の漢字二文字の国名、現在でも現役で?通用します。地名は、ある種の(無形の)考古学資料?かも ^^

七世紀末の律令制のもとでの区分ですが、その多くが成務朝において国造として国司が任命され、山とか川を地境として新たに決定されたとのことらしいです。

~ その「成務天皇」(記紀でほとんど記述がない、実在が疑われている天皇)こそが、白鳥になったヤマトの武である。 ~ とのことで、皇太子時代における東に西に 大活躍のヤマトタケ(る)あったればこそ! との説にハマっています。^^;

ところで、この古代の国名一覧、古代の道の名のもとに色分け(分類)されていますが、そのなかでも○○海道として書かれているものは、文字どうりの海の道、海路だったのではないか・・・と想像しています。

東海道は、東海道五十三次とか東海道新幹線などが走る現代では「陸の道」となっていますが、3世紀とか4世紀において、陸の道が充分に発達整備されていない時期においては、人馬による陸上交通よりも、船による水上(海上)輸送のほうが効率的、現実的だったハズです。

祟神天皇の時代に四道将軍として各地におくりだされた将軍たちは、陸路ではなく(陸路が主体ではなく)海路を主体として船団による派遣だったのでしょうね~。^^

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