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ヤマトの「武」の情景 (9)

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以前、那珂川カヌーツーリングの帰り道、宇都宮(栃木=下野)の一の宮である二荒神社に立ち寄りました。そのとき、ご祭神が豊城入彦命であることと、出雲系(=スサノオ系)の祭神が多く祭られていることなどを知り、とても興味深く参拝しました。

以下、余談ですが・・・

栃木県についての古代の国名「下野」については「しもつけ」と読みます。また群馬県に関しての国名「上野」については、「かみつけ」とよみ(発音し)ます。どうしてこのような発音となるのか? 

本当は「上毛野国」「下毛野国」であるはずが、いちばん大事な、そもそもの国名であるところのひと文字「毛」が省略されているとのことです。

もともとは、群馬栃木の両方をあわせた地域をひとつの「毛」の国としていたのが、上と下に分割統治されるようになり、それが律令国家として国名を明確に漢字二文字で表記するように決まったときに「毛」の一文字が省略され、「上野」、「下野」というように決められたようです。(下毛<JINNJIROGE>では流石にちょっと?ということだった?^^;)

さて、この豊城入彦命は第10代祟神天皇の長男であり、第11代垂仁天皇の兄ということです。そして、第12代景行天皇は垂仁の子であり、ヤマトの「武」さんは、その子であるので第13代と同世代です。豊城入彦命は第11代、ヤマトの「武」とは第13代ということなので2世代の違いがあります。記紀の上では接点はない・・・無関係?ということになりますが、崎元正教さんの復元された系図によると1世代(あるいは0.5世代?)くらいまで接近することになります。

さらに、二人の母親の出身がともに紀氏(紀の国:和歌山)であり、豊城入彦命の姉(妹?)である豊鋤入姫はヤマトの「武」が九州や東国に遠征する前に立ち寄った伊勢神宮の初代斎宮として助言を与えて励ましたりアイテム(女装グッズ、剣、火打石)を与えたりするやさしい伯母さんだったことを考えると、ヤマトの「武」にとっての豊城入彦命は、幼少時からの知り合い、場合によっては武芸に関しての手ほどきをうけた尊敬する先生(あんちゃん?)的な存在だったのでは・・・と妄想中です ^^;

ということで? 

ヤマトの「武」とほぼ同時代を生きたと思われる豊城入彦命の遣わされた「毛の国」の様子、情景をもとめて、上野国(群馬)の古墳巡りをしてきました。

大室古墳群(大室公園)、総社古墳群(二子山古墳)

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豊城入彦命の陵ではないかと言われている古墳です。見ごたえありました♪

詳細は別の記事で ^^

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