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2017年4月

ヤマトの「武」の情景(13)

 
Yamatotake_tezuka
このシリーズ、このカテゴリーも随分と久々のことなんですがw
ヤマトの「武」こと、いわゆる日本武尊(ヤマトタケル)であり、そして真実を抹消された成務天皇であり、そして晩年は武内宿祢(タケタケウチノスクネ)であるところの3人に分けられてしまった一人の「武」さんについて。
実は、ここ2~3年、姉の「たちはな亭」の引っ越し手伝いやら荷物運びやらを不定期でやっとりますが、なんでも筑波山の懐の某所にちっちゃな土地を取得したとのことで、ロシアの週末の農業別荘(ダーチャ?)よろしく、土に親しむ生活を始めたいとか・・・
いいんじゃない? (実りのおすそ分けをヨロシク~^^)
そんなこんなで、茨城(むかしふうに言うなら常陸国)を散策して大きな古墳を訪れたりしました。そして常陸国風土記には、なんと、走水の海で海中に身を投じて亡くなったはずのタチバナ妃と仲睦まじく登場するヤマトの武がおるそうで・・
そして、倭(ヤマトの)武「天皇」として書かれている!?
石岡市にある神社、常陸国総社宮は手塚治虫の虫プロとコラボして「火の鳥」に登場するヤマトタケルを大きく境内の某所に展示してる?(トップの写真は常陸国総社宮のHP)
Yamatotake_tezuka2

倭武天皇(ヤマトタケル)の腰かけた石がある?
俄然!面白くなってきました。^^
「風がつよく吹いている」という箱根駅伝を舞台にした小説で有名になった三浦しおんさんのお父様、三浦佑之氏が書かれた「風土記の世界」(岩波新書)から引用
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常陸国風土記にみられる倭武天皇の伝承には、古事記や日本書紀と関連する話は一つもない。本風土記の選録時には日本書紀は成立しておらず、古事記は律令国家にとって公式の歴史書としてあったわけでなはい・・(中略)・・大橘比売という后の名が、古事記や日本書紀のヤマトタケルを連想させる程度である。同様に皇后とともに巡幸するという記事は、久慈郡助川の馬屋や多可郡飽田村にもあり、タチバナという名の后とともに旅をするというのが倭武天皇の定番と言えそうだ。その点で古事記や日本書紀に重なる部分を持つが、常陸国風土記の伝承には、走水(浦賀水道)における遭難と妃オトタチバナヒメの死という古事記や日本書紀の伝承が伝える死の影はまったく見いだせず、穏やかな旅が語られているという印象しかない。
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と、ここまで引用して、ふと気づいたことは、
ヤマト武「天皇」の妃の名は、 弟橘(オトタチバナ) ようは タチバナさん?
最近、タチハナ亭さんが茨城県(常陸国)をやたらに気に入って喜んでいた訳が、やっと今判った!w
 
 
 
 

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