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2018年12月

JVC エブリオ GZ-RX130

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駅伝の応援(撮影)のための新兵器、デジタルビデオカメラ(wifi機能付き)を入手しました。

入手?正確にはポチ!しました。w

駅伝の撮影のために、購入を狙っていたのはSONYハンディーカム(CX680)で新空間光学手振れ補正とか何とかで絶対的に手振れを押さえるというものですが、如何せんお値段が・・・

駅伝の応援を撮影するときに役立つと思われる機能、wifi連携機能によるスマホからの遠隔操作です。CX680にも搭載されています。

手振れ補正については、手持ちではなくて一脚を使用しての撮影になるので、そこそこの手振れ補正があれば十分・・・ということで割り切り、wifi連携機能を必須条件として、あれこれ物色したところ、件名のそれをヤフオクで(たまたま)見つけました。 2014年といことで年式もそこそこ新しいものが即決で¥12000ということで、思わずポチ! ^^

このRX130という機種ですが、屋外でのタフな使用を前提として開発されており、防水、防塵、耐衝撃、耐低温をうたっており、雨天でも実施される駅伝の撮影にうってつけの1台です。嬉しいのは電池の持ちが良くて電池切れを心配せずに撮影できること。 さらに、応援観戦する人垣を(一脚で)乗り越えて撮影するときに(本体が手元から遠く離れてしまっても)wifi連携でスマホから遠隔操作することができるようです。

願ったり叶ったりの1台です。

商品の到着が楽しみです♪ ^^

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やっぱりスロージョグ!

秋の健康診断の結果が良くなかったんですが、
体調がいまいち良くありません。

足が痒い?皮膚がかさかさと乾燥してあちこちに発疹ができています。

ここ数日、身体が重く、なんとなく息苦しい感じ・・・

運動不足(月間走行距離ゼロ)、不摂生(間食バリバリ)が積み重なり、とうとう身体が悲鳴を上げるところまで来てしまいました。

ヤバイ orz

これは、いけない、なんとかしなくては

ということで、100mダッシュ×2本を 出社前、昼休み、帰宅前に数回行ったら

・・・なんと血管へのダメージ? 

    鼻血が止まらない!! ><

運動不足からの復帰時におけるスポーツサプリ(運動処方)としては、短距離ダッシュはNG!でした ^^;

気を取り直して、自宅周辺の3kmコースをスロージョグ(9分/kmペース)したところ

とってもいい感じ♪

ランナーは、走ることを止めたら・・・一気に老け込む?(成人病に陥る?)
マグロやカツオのように泳ぎ続けなければ(走り続けなければ)ならない?
そうだ、スロージョグで、脂肪を燃やして、健康を取り戻そう!

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埼玉県駅伝の移動応援(案?)

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 埼玉県駅伝、来年の2月3日は、86回大会となります。この駅伝競走に関わり始めて
かれこれ8~9年、月日の経つのは速いもんです。
 最初の頃は今のコースとは違い、深谷スタート(市町村の部)で上尾の陸上競技場がゴールでした。
 最初の関わりは大会要項での出場資格の変更により予定していた選手が登録できなくなったため、たまたま陸協の会員であったために補欠登録選手として名義貸し?をして、中継所スタッフとして参加、競技後の懇親会で楽しませてもらった・・・というようなことからでした。
 翌年は、補欠登録というシガラミ?は無くなりましたが、深谷のスタート地点で開会式に参加、その後、電車で中継所を回りながら移動応援をして楽しみました。
 翌々年は、深谷スタート、会場の様子を動画撮影しながらバイクで移動応援してみました。(初めて襷が繋がった2012年大会) この大会の様子は動画編集しています。
 その翌年は、第80回の記念大会ということで、コースが変わりました。さいたま駅前スタートで熊谷の競技場ゴールという今のコースに変更になりました。10位入賞した大会です。 気がつくと埼玉駅伝の移動応援は、私の年中行事?の一つになっていました。w
 ・・・
さて、来年の第86回大会、坂戸陸協チームは、3チームでの参戦となるということで、バリバリの優勝狙いのAチーム、3年目の挑戦となる女子チーム、選手層の厚みを活かしてBチームの新参戦という布陣です。
 Aチームについては、それぞれのメンバーが日ごろの実力を出し切れば、優勝が見えて来くるような布陣です。
 追っかけ応援のほうも、選手の気合に呼応して?今まで以上に気合を入れていきたいと思っています。
 撮影機材のレベルアップを計り、綿密なる移動応援作戦を立て、撮影した動画を納得のいくまで(上手に)編集する(スキルアップ!!) 
 撮影機材のレベルアップ、我が家の財務大臣(カミサン)と交渉中です。交渉が成功すれば、SONYの新空間光学手振れ補正技術の搭載されたハンディーカムを購入する・・かも?
 動画編集のスキルアップ、これまでメインで使っていたムービーメーカー(簡単ソフト)と、フリーソフトではありますが高機能なAviUtilをも多用しながら・・・ ま、動画の出来上がりについては、蓋を開けてみたら ピンボケのブレブレ・・なんてことが多いけど
 で、綿密なる移動応援計画ですが、本日、下見(事前調査)してきました。この5年ほど電車(高崎線)での移動応援をしてきましたが、今回はバイク(オートバイ)での移動応援をしようと思っています。
 随分と長い前置きでしたが、本日のブログのテーマは、ここからです。
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中継場所(応援、撮影の場所)は従来どうりの3か所に加えてゴールシーンを予定しています。第一中継所(宮原小学校前)、第三中継所(女子スタート)の鴻巣駅前、最終中継所の熊谷女子高前、そして熊谷陸上競技場です。

第一中継所である宮原小学校での先頭通過予想時刻は8時49分となっています。第一中継所は大混雑(押し合いへし合い?)しながらの襷の中継がその醍醐味となります。およそ5分ほど応援(撮影)し次の応援ポイントである鴻巣へ移動します。
 宮原小学校から鴻巣までの移動経路です。 ほぼほぼ17号です。
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 バイクで実際に移動して時間を計測たところ、鴻巣駅前でカメラをスタンバイさせ終わるまでの所要時間が36分、女子のスタート時刻である9時30分の1分前! ギリギリでした。(もっとも従来の電車移動の場合でも女子のスタート撮影はいつもギリギリです)
 鴻巣中継所(男子の第三中継所)の先頭通過予想時刻は9時35分、先頭通過から7分ほど応援(撮影)したとすると鴻巣の出発時刻は9時42分です。

 鴻巣から熊谷女子高、熊谷競技場までの移動経路
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 最終中継所の熊谷女子高校前は先頭の通過予想時刻は10時19分となっています。(鴻巣出発から37分です。実際に移動してみたところ35分で到着できました。) 前回大会の実績として先頭通過(日本薬科大)からおよそ5分後に市町村の先頭(上尾)が通過しており、坂戸の通過時刻は10時30分(男子、女子 ほぼ同時)でした。
 熊谷の出発時刻は10時31分です。
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熊谷女子高から競技場までは12分です。 バイク移動での到着予想時刻は10時43分です。

 一般の部(企業・大学)の先頭のゴール予想時刻(先頭)10時38分です。(前回大会の優勝タイムが2時間9分台)

 市町村男子の部の優勝予想タイムは10時44分、坂戸陸協チームの到着予想時刻は10時44分(優勝!^^)
競技当日の交通状況について読めない部分はありますが、電車移動の場合には熊谷競技場のゴールシーンについての撮影ができないですがバイクならばそれが撮影できる。 (バイクゆえの)寒さと引き換えにする価値は十分にあり!
 
 

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川ランナー(変わらんなー?)

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橋ランナー(走らんな~) 川ランナー(変わらんな~) 丘パドラー の紀伊九郎のブログということで始めたブログです。

最近の状況はということ、ランニングについては夏前にギックリ腰をやってしまった頃よりモチベーションがガタ落ち状態で、月間走行距離(練習量)は、ほぼゼロです。

川ランナーについてはどうかというと、ベニヤ板でカヌーを自作し、そのカヌーで古代の舟運で使われていたであろう川の道を辿ろう~という当初の目論見はどこえやら。 軒下に保管されている(放置されている)ベニヤカヌーのマリリン号は朽ち果てる寸前。文字道理の丘パドラーですが。

ところで、トップの写真は、先日、姉(「たちはな亭」)と一緒に訪ずれた土浦城博物館に展示されている高瀬舟です。同博物館では霞ヶ浦および土浦、利根川、舟運といったことについて展示されていました。同館に展示されていたパネルを何枚か撮影しました。


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というわけで、利根川の舟運について興味をもったので、ここ何日か、ネットであれこれ調べています。

利根川という川は、昔から(現在のように)銚子の方に流れていたのではなく人工的に流れを変える工事(瀬替え)が(江戸時代に)行われたというのは以前から知ってました。(寄居の川の博物館でも展示紹介されていました。)

それまでは東京湾(江戸湾)に流れ込んでいたが、その工事がなされる前の(古代からの)霞ヶ浦とかの水郷地帯あたりに、今よりも遥かに大きい内海が広がっていた。

東海道の終点である常陸国(現在の茨城県石岡市)へ至る最後の行程は、房総半島の外海(太平洋)を経由するのではなく、現在の江戸川とか、手賀沼、牛久沼あたりの巨大な内海を経由して辿り着いた・・・。東海道、東の海の道。海とはいいつつも太平洋ではなくて、内海(うちうみ、川とか湖沼)だったのか? ヤマトタケルの時代の東海道の経路は、どうだったのか? 興味がつきないです。 ※リンクはネットで知ったその道のプロ?の方のブログとかHP

江戸時代に行われた瀬替え(河川改修工事)についても、その目的は治水(洪水対策)や灌漑(農業用水確保)であるよりも、利水、舟運のための安全な水路整備であったかも? ということらしいです。

現代(明治期)においても江戸川と利根川を結ぶ運河が開削され、物資の船舶による輸送経路の整備が行われたということです。(利根運河) ただし、これは鉄道輸送の発達により廃止されたようですが。

言い換えれば、鉄道輸送という革新的な輸送手段が発明されるまでは、舟運がもっとも効果的効率的な輸送手段であり、ヤマトタケルさんの(古事記日本書紀の)時代から明治の初期に至るまで(1700年近く)変わらぬ風景であった・・・ということ。

長い、長~い、前置きでしたが、何が言いたいかというと、本日、(長女を連れて)利根川を散策してきました。w

「お~い、関宿城博物館に行って、利根川の舟運などについて見学しに行くけど、行く?」

「行く行く」

で、1時間かけて、・・・

なんと、予想外の臨時休館日 orz
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