旅行・地域

川越散歩(1) プロローグ

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川越市役所の前に来ています。

今年に入ってからランニングをサボリ過ぎたので体調がおかしくなってきました。食事に特に気をつかうことなく、スナック菓子、チョコレートなどを貪り食らう日々ですが、過剰摂取したカロリーについては、ランニングをすることで適度に消費されている?
そのため、毎年、冬になって(寒さのため練習をサボリ)走行距離が落ちてくると同時に体重が増えていきます。体重でけでなく血圧も高めになってくるようで、なんとなく体調が悪くなってくるのを自覚しています。
そろそろ走らないと・・・。
ということで?
2010年の秋に行った 小江戸川越ファンランのコースをゆっくりと(名所名跡めぐりをしながら)走ることにしました。ついでに歴史のお勉強も ^^
というわけで、小江戸川越ファンランのスタート地点に立つ 太田道灌さんについてネットで色々調べながら、戦国時代の関東の歴史を学んでいきたく思っています。
で、太田道灌って何した人?
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銅像の台座に由緒のようなものがあります。
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~~ 太田氏が川越城を築き、更に、江戸城を築いて川越の文化を江戸に移したので、川越は江戸の母と呼ばれた。 ~~
太田道灌といえば誰でもが知っている有名なエピソードは次のふたつ。
1 築城の名手(川越城、江戸城 etc)
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市庁舎前に立つ川越城の概略図
2 山吹の里での少女との出会い
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銅像の左手にある弓矢は優秀な武人としての道灌公を表わしていますが、その右手にあるのは少女より手渡された山吹です。
~ 江戸時代に記された書物によれば、鷹狩りをしていた道灌は、雨が降ってきたので農家で蓑を借りようとしました。ところが、農家の娘は蓑ではなく山吹の花を黙って差し出したので、「花がほしかったのではない」と道灌は怒って帰ってしまったそうです。
この話を聞いた人からは、「娘は、『七重八重 花は咲けども山吹の みの(蓑)ひとつだに なきぞ悲しき』という古い和歌に『お貸しできる蓑はございません』ということを託したのでは」と言われ、道灌はたいへん驚いたそうです。
それを機に道灌は歌に関心を持つようになり、後に歌人として名を成したと伝えられています。 ~(川越市ホームページより) ~
太田道灌は自分の無知を恥じて和歌の(文学の)方面でも研鑽していった・・とのことです。
これらの断片的なエピソードのみ知っていますが、今回、もうすこし詳しく(その生涯を)調べていきたいと思っています。
川越城が築かれた時代(戦国時代)の関東地方はどのような状況であったのか、どのような背景で城が築かれたのか、太田氏の立場、太田道灌はどのような家系であったのか。同時代を生きた(同い年の)北条早雲、道灌が亡くなった後での出来事、日本の三大夜戦に数えられる川越夜戦とはなんだったのか・・・
すっげぇヘビーなテーマだなぁ~ (これで、当面のブログネタは確保できたかな?w)

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三峰神社

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三峰神社に行って来ました。
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こちらは三峰神社バス停、神社の駐車場の様子です。
秩父の山奥のそのまた奥、よくぞこんな山の中に、こんな立派な! というのが率直な感想です。今でこそ、道路は整備され、公共交通機関(鉄道、バス)を乗り継げばさほど苦労することなくたどり着けますが。
今回、三峰神社を訪れた理由は、雲取山への日帰りピストン(山行)の下見を兼ねての参拝(雲取山の登山口としての三峰神社)でしたが、神社そのものがとっても面白く、一説によると関東最強のパワースポットとの呼び声も高いとのことです。
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駐車場から階段を上がって神社の参道の方向に歩いていくと大きな茶店(土産物屋)があります。その前方にトップの写真、独特の雰囲気のある三つ鳥居、その横には博物館がありました。鳥居の脇にあった神社の由緒書き、ピンボケ写真でよく判別できませんが、説明板のうえに大きく口を開けたオオカミがいます。
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鳥居をくぐって参道を歩くと、右側に大きな石碑が立ち並びます。「講」の寄進を記録したもののようですが、そもそも「講」が何を意味するものか、どのような集団、活動であるか、具体的イメージがありません。
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参道を登りきったところ、左方向にきらびやかな山門が見えました。随身門とのことです。
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デラックスです。^^
門をくぐりもう少し歩くと、精悍なオオカミと金属製の鳥居が見えてきます。
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鳥居の両脇の建物、手水舎と灯台だそうですが、非常に派手で細密な彫り物で江戸時代に寄進されたもののようです。鳥居も。
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境内の一段高まった場所、本殿に向っての石段の両脇に大きなご神木があります。ミスター鎌倉武士、畠山重忠寄進によるところだそうです。
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ご本殿、中から太鼓の音、ご祈祷されている神職の方がおられました。
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それにしても日光東照宮のような豪華絢爛な彫り物ですねぇ~
本殿の左の方向に進むと宿泊施設(温泉)がありした。参拝客(信者)の宿泊施設のようですが、近代的な大きなホテルです。日帰り入浴も可能・・・な日もある?^^;
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参道を元来た方向に戻っていくと、さきほど左折した場所の上のほうに気になるものが・・・
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マイブーム、ヤマトの「武」(日本武尊)さんです。^^
記紀編纂委員(藤原不比等)によって事実を改竄され、スーパーヒーローとして夭折(白鳥化)した英雄であるヤマトタケるとしてドラマチックに描かれ、後半生は(ヤマトタケルとの繋がりを打ち消すように)超長命の謎のジジイであるタケウチノスクネとして別人のように描かれた(その実体は)すべての史実を剥奪されて架空の存在とみなされている第13代天皇(成務天皇)ということです。ホントか!?^^
この銅像、お顔はカッコいいんですがバランスがイマイチだなぁ~ 異様に手が大きいw

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世界遺産、荒船風穴!?

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エンジンオイル添加剤使用後のテスト走行(&処理の定着)を兼ねて、ツーリングに出かけました。目的地を決めずに、北へ。
国道254号を気持ちよく走っていると、世界遺産?、世界遺産の荒船風穴!
なんどもなんども標識と距離数が出てきます。

世界遺産に登録されるくらいなんだから、きっと凄い風穴(鍾乳洞?)なんだろう・・

行ってみることにしました。

子供の頃に家族でいった河内風穴(けっこう大きな風穴)の記憶が、忘却のどろ沼から浮かび上がってきました。^^

神津牧場の横を通り過ぎて、目的地の駐車場に到着。ここからは徒歩です。マラソンランナーの体力脚力をしても、この暑さの中では・・・。おまけに熊が出るって・・ 笑)

有料(500円)です。受付の小屋で料金を払ったあとで、先着のご夫婦に解説をしている現地ガイドの方を発見、合流して一緒にまわることにしました。

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3号風穴の横にきました。ちょっと涼しい風が石垣の隙間から吹いてきました。このときすかさずガイドの方から注意が。「石垣の隙間からの風に手を伸ばすと・・・へびが出てくることがある」 あわてて手をひっこめました。(ご婦人は1mほど横っ飛びしましたw)

リアルに涼しくなってきましたが、別の意味で ヒヤリ としました。w

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ガイドの方の説明を聞きながら・・ 
あれ? なんか、ちょっと期待したものと違う??

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風穴と聞いて、観光洞のようなものを予想してたのは大きな勘違いでした w

富岡製糸工場(世界遺産)関連の施設ということで、天然(自然)の冷蔵庫のような小屋を作って、生糸の増産をしていたということです。

大変よいお勉強ができました。w

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大変良く晴れたこの日、風穴からの風の温度は 1.6℃ !

ハイ、とっても涼しくてよかったです。^^

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帰りに、神津牧場でお昼(ビーフカレー)を食べ、牧場内を散策しました。

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天文台があるんだ・・

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荒船山が近い! ^^

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憧れの東京マラソン(4)

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タイトル、東京マラソンとして書いていますが内容的にはマラソンとは無関係の東京名所巡りの記事です。東京マラソンに触発されて、東京の観光名所をじっくりと見学したいなぁ~とか考えている今日この頃です。メトロの一日フリー乗車券の価格が改定されて、600円で乗り放題となったそうです。

ということで、この3月で学校を卒業した次男坊を道連れにして、名所巡りをしました。
メトロの埼玉側の自宅最寄駅、和光市まで車でいって(駐車場にとめて)和光市駅でメトロ一日乗り放題乗車券を購入、どこまで(名所を)まわれるか?
これぞ東京!って場所を効率的に巡りながら(写真を撮りながら)東京三昧な時間を過ごしました。ん?メトロを使ったフォトロゲイニングのような?^^;
   メトロ<和光市~新宿御苑前>
01.新宿御苑(入園散策)
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   メトロ<新宿御苑前~北参道>
02.明治神宮(参拝、神宮の森の散策)
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   メトロ<明治神宮前~国会議事堂前>
03.国会議事堂(外観遠望)
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   徒歩移動
04.皇居(桜田門、二重橋、内堀)
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   徒歩移動
05.東京駅(駅舎見学)、大手町地下街散策
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   メトロ<東京~神谷町>
06.東京タワー(外観遠望)
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   メトロ<神谷町~上野>
07.上野(駅周辺、公園散策)
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   徒歩移動
08.東京国立博物館(入館、みちのくの仏像)
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   メトロ(上野~浅草)
09.浅草寺(大提灯、仲見世)
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   徒歩移動
10.スカイツリー(そらまち)
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   メトロ(押上~西新宿)
11.東京都庁展望台(夜景撮影)
   メトロ(新宿~和光市)
訪問場所(名所)10箇所といのは、流石にちょっと欲張りすぎたかも?
一箇所一箇所の滞在時間が短くなってしまいました。
おまけにメトロの路線を間違えたり誤って急行電車に乗ったりで行ったり来たりで時間ロス><
それでも予定の場所全てを巡ることができました。が・・・
付き合わされた次男坊は?
(翌日筋肉痛で死んでる!?w)

今回は、なるべく多くの場所を巡りたい!ということでコース選定しましたが、やはりちょっと勿体無い感じがしました。もうすこしじっくり観たかったです。
新宿御苑と明治神宮(代々木公園)は、この2箇所だけで午前と午後にわけて一日かけて散策してもお釣りが来るくらいの内容でした。とくに今回はじめて入園した新宿御苑の素晴らしさ!200円でこんな気持ちよい時間を過ごさせてもらって幸せ~~な公園でした。
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また明治神宮の森(無料!)は芝生広場に園児をひきつれて遊ばせているご近所の保育園の保母さんたちがおられましたが、とっても羨ましい環境ですねぇ~^^
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皇居についても、まだまだ他に見どころが多くあり、皇居だけで一日を使っても十分な気がしています。上野公園もしかり!(動物園、博物館、美術館etc)
今回コースには入れなった渋谷や目黒、湾岸区域にもまだまだステキな場所が沢山あります。東京には博物館や美術館の絶対数が多く、史跡、名所見どころもふんだんにあります。
せっかく東京近辺に住んでいるんだから、これを見逃したら損? 
休みの日の東京観光、しなきゃ損だぜぇ~ ってか?^^;

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大黒舞とホイホイ祭り

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今日は文化の日(明治節?)ということで、晴れの特異日らしく気持ちよい秋晴れ!
最近弓道を始めた長女を誘って流鏑馬祭りを見に行く約束でしたが(娘とデート?)、まさかのドタキャン orz
気を取り直して、デジカメ片手にブログネタを探しに毛呂山の流鏑馬を見に行って来ました。

TOP写真、「願的(がんまとう)」 の前の神主によるお清めの様子です。
毛呂の流鏑馬は、その歴史も古く、町をあげての取組みであり「お祭りの良さココにあり!」というようなお祭り・・・。
ホイホイ、ホイホイ、ホイホ~~イ
馬の前後を走る若者たちの特徴的な掛け声「ホイホイ」から、地元ではホイホイ祭りと呼ばれているそうです。
http://www.town.moroyama.saitama.jp/www/contents/1284026373154/


表現力に乏しくうまく伝えれませんが、とっても素朴で楽しいお祭りです。 


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上の写真は流鏑馬の行事と並行して行われている「お神楽」の様子です。

今年の演目は「大黒舞」ということで、舞の後半でお菓子(ポテトチップ?)が振舞われました。

最初は少なめの観客(大人、年寄り)ばかりだったのに、お菓子が用意される頃を見計らって舞台の前に子供たちのギャラリーがぞくぞく!! 笑)

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「お神楽」の上演時間は、流鏑馬の目玉である「矢的(やまとう)」と重なっているために、あまり注目されていないようですが、パントマイムのような舞と太鼓や横笛の楽隊の音楽は、お祭り気分を盛り上げるにピッタリ! とても素敵です。


数年前に演目「天孫降臨」を見て以来、すっかりファンになっています。^^

お神楽を見終わってから流鏑馬のほうへ。

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「矢的」が終わったタイミングで、立ち入りが制限されていた的側の柵へも観客の立入りが許可されます。

コースのすぐ近く(かぶりつき?)で、馬上芸「センス」、「ノロシ」、「ミカン」が見れました。
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「ミカン」は、馬上から撒かれた福ミカンを拾う子供たちで大賑わい!
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馬は一瞬で通りすぎるので、大きなミカン箱をかかえたスタッフ?が足りないぶんを撒き歩きます。

それに群がる子供、大人、・・・ 大賑わいでした。素朴でいいなぁ~
このあと「モチ」も撒かれるようですが、今日はこのへんで失礼。

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神社の境内、参道の両脇の屋台の間をくぐるようにして帰途につきました。次の出走に備えて準備中の馬と騎手(地元の中学生らしいです)、スタッフの皆さん。村、じゃなかった、町をあげての一大イベント、ちょっとした同級会的な要素もあり?なかなかに素晴らしい!! ^^
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「馬」とか「弓」とか「神楽」というキーワードに興味を覚える方には、とってもお勧めのお祭りです。
ことしも、ほのぼのして帰ってきました。^^

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神幸祭

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川越祭り(秋祭り)を見に行ってきました。
川越祭りというと、壮麗な山車ばかりに目がいってましたが、本来は川越氷川神社の秋祭りということで、神事あってのお祭りです。
川越氷川神社の御祭神を依り代(神輿)に移し行列する「神幸祭」の最後尾に宮下町(氷川神社の町内)の山車が従っていましたが、この神幸祭行列そのものがとっても魅力的でした。
行列の先頭から写真紹介です。
1.太鼓
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2.氏子総代及び特別崇敬者
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3.小幡と五色(吹流し)と社合旗
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4.榊
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5.四神旗
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6.猿田彦
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7.赤獅子、青獅子
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8.楽人(ショウジン)
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9.箱?、神職
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10.巫女
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11.神輿(彦神)
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12.神輿(姫神)
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13.神馬
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14.氷川神社総代(宮司)と傘持ち(朱傘)
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15.斎姫輿(いつきひめ輿)と付き巫女
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16.山車
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最後尾の山車は、神社の所在となる宮下町の山車となります。蔵造りの通りでは隠れていた(電線を避けるため)人形も市役所前では完全に姿を見せています。
マイブーム?日本武尊(ヤマトタケル)です。^^
最近、仮装した行列といえば某外国から来たテーマパークの華やかな行列(パレード^^;)が身近ですが、こちらの行列もなかなかに味がある!
良いものを観れました。
 

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奥武蔵ウルトラギャラリー2013

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奥武蔵ウルトラギャラリー(奥武蔵ウルトラマラソンの応援ラン^^)でした。
写真は、オクムを快走するランナーと応援の奥武蔵ギャラリーsです。

レースに参加された鉄人のような皆様、エイドでボランティアされた皆様、お疲れ様でした。

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写真は、黒山三滝まえでの一枚です。
応援ランのほうは、今回は、ぶうたろうさん、そして、山が好きさん、夢子さんの総勢4名で、楽しかったなぁ~~ ^^
ありがとうございました。

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上の写真は山が好きさんよりいただきました。顔振峠エイド前です。
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こちらもそうです。(時間順が逆になりますが)見晴台エイド前です。
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こちらは毛呂山駅前(ギャラリー隊の出発!)の写真、夢子さんからいただきました。
写真の整理とか、動画の編集とか・・・やること一杯だなぁ~~ ^^;

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写真左は、優勝された(とおもわれる)選手。
 桂木エイドからの下り坂をとんでもないスピードで駆け下りていてびっくりした @@/
写真右は、やっぱりオクムの写真といったらコレでしょ!(高山エイドにて) ^^;
[追記]
日曜の奥武蔵ウルトラマラソンの応援ランの様子をYoutubeにアップできました。

勤務明け、Windowsムービーメーカーの操作に四苦八苦 ><

オクム応援ランで撮影したデジカメの動画の保存形式が(MOV)で、これに対応した使いやすいソフトがMyパソコンに入ってなくて四苦八苦。

ところが、子供(娘)のパソコン(Windows7)に入っているWindowsムービーメーカーでは普通に読めて編集ができる?

ということで、娘のパソコンを(嫌がる娘を無視して)長時間占拠し、朝からパソコン三昧でした。

レースの序盤の様子は写真をもとにした動画もどき(スライドショー)、終盤の様子は動画で。ミュージックは、以前からウルトラのBGMとして使いたくてしかたがなかった「誰かが風のなかで♪」 

https://www.youtube.com/watch?v=N03X-CoXsgM


こちらは、滝ノ入エイド前での先頭通過ランナー映像
https://www.youtube.com/watch?v=k2Aog40n3QE
https://www.youtube.com/watch?v=IonZMWak-JQ
桂木エイド、笠杉峠、見晴台エイド、高山エイドの様子がこちら
高山エイドから顔振峠までの対面応援ランの様子がこちら

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武甲山(生川口より)

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気持ちよく晴れた朝、空気が澄んでおり奥武蔵の山々の新緑がとてもきれい!
新緑に誘われるにようにして、バイクにまたがり、秩父方面に向かいました。

「先週、秩父札所の一番寺まで奥武蔵越えをして到着したので、今日は一番寺から順番に巡ってみようかな~ 」

あまり目的をハッキリきめずに、なんとなく・・の出発でしたが、正丸トンネルを抜けて横瀬に近づいたとき、左に見えてきた武甲山の大きさ!! 

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武甲山、秩父を代表する(最も高い)山ですが、石灰石の採掘が進み山の形が著しく損なわれていて見るも無残・・・なんですが、それでもデカイ!

そういえば、市民ランナーの星である(埼玉の公務員ランナーの)川内選手が武甲山の坂道を利用して、トレーニングしているTV映像があったなぁ~。練習後に山盛りのラーメンを食べてたっけなぁ~。

その脳裏の映像に吸い寄せられるようにして左(登山道方面)へハンドルを切りました。

よし、今日のトレーニングは武甲山トレイル! 

生川の登山口、駐車場があります。

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駐車場の入口に鳥居があり、狛犬ならぬ狛狼が左右に控えていました。そして狛狼の足元に「壱丁目」書かれた石が置かれていますが?

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この生川からの登山道は、山頂にある御嶽神社の御参道であり、登山口が1丁目、そして山頂の神社のところが52丁目となっており、途中、自分が何丁目まで来ているかを見て残りの道程を確認できるようになっていました。

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この1丁目の標高が515m、頂上の神社の場所が約1300mなので、標高がおおよそ15m上がる度に「○丁目石」が登場することになります。(単調な登山道ゆえに、この○○丁目石の存在は随分励みになりました^^;)

山頂まで、なだらかな山腹の杉木立を縫うようによして、じぐざぐに登っていきます。

途中、被写体として目をひくものは、十八丁目の不動滝、

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二十丁目の御嶽神社参道の石碑

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三十二丁目おおきな杉の木

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手入れの行き届いた登山道ではあるが、それでも標高差700超なので、けっこう疲れる・・・(富士登山とちょっと似てる?)

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かなり上のほうまで登って、この道は川内選手のトレーニングコースじゃないな(こんな傾斜がキツいと、いくら彼でも走れないだろう)浦山口登山道のほうは、もうすこし斜度がゆるいようなので、きっとそっちだろうな・・・と。^^;

頂上近くなると登山道に石灰岩質のおおきな白い石が点在してきます。右側の杉木立の背後にゴロゴロした大きな石塊が迫り出しており、その一部は苔むした感じになっていて不思議な雰囲気を醸し出していました。

頂上、神社前の広場に案内板がありました。

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社殿の石段のところに「五十二丁目石」があります。

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そう、秩父におけるヤマトタケる伝説で登場するのはオオカミということで、狛犬ならぬ狛狼になっています。

オオカミは犬と違ってちょっと造形が不気味に表現されています。独特の味があって良い?

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頂上は、この社殿の後ろの道をさらに50mほど行った場所、特別展望台のところのようです。その直ぐ下は石灰石の採掘されておおきく掘削されて危険なため、立入り禁止の防護柵が張られていました。

展望台から見渡せる眼下の秩父のパノラマの見事なこと!!!

携帯カメラのため、あまり綺麗に撮れていませんが・・

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持参したおにぎりを食べてしばし休憩の後、ゆっくりと下山しました。

帰り道では足がガクガク・・(やっぱ、どこか富士登山と似てるなぁ~~ ^^;)

往復で3時間8分(GPS計測8.8km)のトレーニング? ハイキングでした。^^

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四日市マラニック(鵜の森公園)

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小説家の丹羽文雄は四日市の浜田(の浜田保育園のお寺さん)が生家だったのかぁ~~と、丹羽文雄さんが小説家であることはうっすら知ってましたが、読んだことないし・・

さほど気に留めず、つぎなるマラニックポイントである鵜の森公園(鵜の森神社)へ向いました。

鵜の森公園、幼稚園~中学一年までをこの公園から歩いて1分くらいの場所に住んでいたので、毎日毎日、暗くなるまで遊んだ思い出の場所です。 子供が遊ぶ「かくれんぼ」や「カンケリ」をするのに丁度良い広さで、木登りをするのに丁度良い木があり、椿の実で笛をつくって遊んだり、泥だんごをつくったり、セミ獲りやザリガニ釣り、小学校の思い出の多くが、この場所を舞台としてました。

鬱蒼として神社を取り囲む森には・・いつもアベックがいて、友達と一緒になってアベック探索ごっこ?^^; なる遊びをしたり ^^;

昔あったテニスコートでは四日市工業高校のテニス部(全国的に強豪なテニス部)がいつも練習をしていました。顧問の先生から(母親が同校に勤務していたこともあり)テニスの手ほどきを受けたこともありました。

公園のなかにあった土俵(屋根つき)の屋根の鉄柱からロープを垂らして、ぶらんこのような遊びをして、ロープが切れて地面に叩きつけられて泣いて帰った遊び友達とか^^;

夏に営業される市民プールに住み着いた大きな牛蛙を捕まえて大喜びで自宅に持ち帰ったら、母親が悲鳴をあげて逃げたこともあったなぁ~ 

思い出ぽろぽろです。 ^^

久々の鵜の森公園、鵜の森神社の正面から接近です。

小学生の低学年の頃、鳥居の両脇にある土塁?のうえにある大きな笠をかぶった灯篭のようなものの上を跳び移って遊んでいたら、友達の父親(実は教員)に怒られたっけなぁ~ ^^; その友達は、残念ながら中学生のころ病気で亡くなったですが、兄貴と弟がいたっけなぁ~とか思いながら、神社の近くのお家をみると、表札がおなじでした。ただ、今会っても判らんだろうなぁ~

鳥居をくぐった場所から神社の境内にむけてデジカメを手持ちで動画撮影しました。ほとんど昔と変わっておらず懐かしかったです。ただ、昔は自分の子供の頃の記憶なので、すべてがもっと大きかったような・・

赤い鳥居の並んだ摂社の右側の部分、木々が途切れたあたりから裏へ抜ける道が続いています。今はキレイな道が整備されており、背後の駐車場までの見通しもききます。

むかしは鬱蒼とした森の中の小道で、ちょっとジメジメした不気味場所でした。そこにある大きな木にはミミズクが住んでいました。

神社の裏に出たところには、25mの(kogitanai)市民プールがあり、その南隣には大きなテニスコートがありました。その場所は・・・プールもテニスコートも撤去されており、気持ちのよい広場になっていました。広場のなかにキレイな公衆トレイがありました。

むかし、テニスコートとプールに挟まれた場所にあった公衆便所(コンクリート製建物)は、あまりの臭さと汚さに目がつぶれる!?だったなぁ~

昔は神社を取り囲むような鬱蒼とした木々の植えられた土手の山の周りを取り囲むように、お堀がありました。この鵜の森神社は、もとは浜田城というお城跡だったということなので、昔の池は、もっと大きな面積を占めていたということだと思います。小学生の頃に遊んだ池の面影をただりながら、動画撮影です。

神社のほうから池に向って下り、橋をわたる直前に右側の山肌に椿の木があります。

むかしもこの場所にあり(当時のものが残っているのかどうか不明ですが)、椿の大きな実をとって、中の種?を取り出して椿の笛を作ったりして遊んでいました。

池を越える石製の橋、おぼろげな昔の記憶では御影石製(花崗岩)だったように思います。

橋の上から釣り糸を垂らしてザリガニを獲って遊んだなぁ~ 友達が高価なプラモデルの船を池に浮かべて遊んでいたのを、長い棒でこの橋のうえから船の向きを変えようとして船に触ったら、運悪くスイッチを切ってしまって、池の中央で船は静止。 だんだんと日が暮れる中で、みなの見守る中で船は沈没 ><

橋を渡った場所、中央の植栽を囲むような形でひょうたん型の小道がありました。四日市工業高校のテニス部がこの小道でインターバルトレーニングのようなことを行っていたようにおもいます。小道に囲まれる内側の場所に大きな木が一本。

子供にとって木登り遊びのうってつけの木でしたが、今もありました! なつかしいですね~ ^^

またその木の側、やはり小道に囲まれる内側の場所に、大きな屋根をもった土俵もあり、大相撲の地方巡業なども行われていましたが、撤去されたようです。

鵜の森公園、子供の遊び場として最高の場所でした。

そういえば、小学校(浜田小学校)の校歌の一節にここをうたった下りがあったなぁ~

たしか

♪ 鵜の森の緑 菜の花の黄 ~ その後が思い出せない ^^;

この校歌、ちょっと調べたら作詞が丹羽文雄さんのようです。

そして四日市の浜田で生まれた丹羽さんは(わたし同様に)鵜の森公園を遊び場として毎日のようにそこで遊んだらしく、その当時の四日市の鵜の森公園は、田んぼに囲まれた(菜の花の黄色い海の上の浮かぶ)緑の孤島のような情景だったということです。

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四日市出身、故郷は心のよりどころ 大好きだった菜の花畑
【毎日新聞三重版より】

四日市生まれの文人が20日逝った。
100歳で亡くなった作家、丹羽文雄さんは生前、「生家そばの菜の花畑が大好きだった。
故郷のあることは心の中の大きなよりどころ」と、年をとるにつれて古里への愛情を深めていった。
市民や親交のあった人は故人を悼んだ。 
28歳で生家の寺を飛び出し、文学の道に進んだ。
家出した時、生家から約2キロ離れた神社までは菜の花畑が一面に広がり、
その時の自分自身をモデルにした作品「菜の花時まで」(36年)に、その風景を描写している。
 78年、市立図書館に記念室が開設された際
「常に故郷に題材を求めて文学してきた私のことをしのんでくれる縁になると思うと、
生涯を文学にかけたことは良かったとしみじみ思う」と一文を寄せた。
そして「父が生きていてくれたなら、どんなに喜んでくれたであろうか」とつづった。
鵜の森公園の句碑に「古里は 菜の花もあり 父の顔」と詠み、
作詞した市立浜田小の校歌に「菜の花の黄 そはうつくしき あけぼのの 若きいのちの 彩なれや」と書いた。
 40年以上の付き合いがある文芸評論家、清水信さん(84)は
「菜の花畑が大好きだった丹羽さんが70年代、地元を訪れ、煙で覆われた空を見上げ、
まさか公害のまちに変容するなんて痛ましいと言っていたことを思い出す」と振り返る。
 丹羽さんが認知症と闘い始めた約20年前に知り合った郷土作家研究家、
清水正明さん(55)は、東京都武蔵野市の自宅を何度か訪れた。
付き添いの女性に「四日市からお客さんが見えましたよ」と大声で言われ、
丹羽さんは「四日市の菜の花は本当にきれいやった」と、故郷に思いをはせていたという。
現在、生家近くにはガスや化学製品などの工場が建ち並び、昔の菜の花畑の景色からはほど遠い。
清水さんは「複雑な家庭環境に育った丹羽さんは、晩年に『ひと我を非情の作家と呼ぶ』という作品を発表した。
家族や自分の恥部を赤裸々に描くことで、どんな業のある人でも救われるというメッセージを込めた作品だ。
複雑な家庭だったからこそ、菜の花だけは故郷にふさわしい原風景として、
最後まで丹羽さんの心に残っていたのでは」と話している。

~~ ( http://tatsuya.way-nifty.com/iori/2005/05/0508_333e.html より )

上の文中に校歌の一節、途中まで書かれてました。

「鵜の森の緑 菜の花の黄 そはうつくしき あけぼのの 若きいのちの 彩なれや ・・」

格調高い歌詞ですねぇ~ 

そういえば、浜田小学校の校歌、小学生が歌うにはとっても難しくて、意味もよく判らずに歌っていましたが・・

超一流の文学者による作詞だったんですねぇ~ ^^

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四日市マラニック(旧東海道)

さて、大会終了後の四日市マラニックです。

どちらかというと大会よりも楽しみだったのですが・・・ ロードレース(試合)での消耗が激しくて・・ 走る余力がありません^^;

とりあえず、近鉄内部線と並行して走っている旧東海道を歩いて四日市駅まで行くことにしました。中央緑地公園と日永駅をむすぶ道路を横切る旧東海道の四辻から北にむかって辿りました。

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歩き始めて数分で左側におおきな神社をみつけました。大宮神明社。なにやら由緒ありそうな説明書きが・・

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とっても興味深い説明です! ^^

この短い説明文の中に、伊勢の遷座エピソード(各地に残る「元伊勢」伝説)があり、その遷座を担当した姫である倭姫命(ヤマトヒメ)の名もはっきりと記されています。

あと、笹川中学校の隣の^^; 四日市南高校の建っている高台(岡山?)に近くまで海がせまっていて、そこにあった舟付神社に倭姫が詣でたこと。そう、時の流れと地形の変化(埋め立ての歴史)を感じれる記述であること。

ふたりセットで登場するオオナムチとスクナヒコナ。医療にたけた神(人)として説明されていること。

茅の輪くぐりの風習。

短い一文ながら、とっても内容の濃いものでした。^^

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東海道、さらに北に辿ります。やがて、小さな川、鹿化川を越す場所・・橋が盛り上がっています。四日市の川は天上川といって、川底が浅くて氾濫を繰り返すたびに土手を盛り上げていったということで、川を越える橋を通るたびに、坂道を上り下りすることになります。

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橋のところに、旧東海道であることを記した標識がありました。

橋からの東海道の眺め、びみょな直線の?細い道が旧街道どくとくの味わいを醸し出しています。

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街道沿いの民家の佇まいも昔の雰囲気を残しているものがけっこう残っていました。

この旧街道沿いは、小学生だった自分の活動域? よく通った駄菓子屋さんとか、脳裏の片隅にある映像をよびだしながら歩きました。どこか懐かしい通りを辿って浜田の町、浜田小学校の近くまで歩きました。家から学校までの通学路が旧東海道を横切るところ、確かそこに同級生の家(畳屋さん)が、あった! 当時の看板が残っている古い家屋がまだ建っていました。もうご商売はされていないようでしたが・・・

あれ?浜田保育園の場所(お寺さん)になにやら石碑があり、丹羽文雄生誕の地?

あまり意識したことありませんでしたが、小説家の丹羽文雄は四日市の浜田保育園(のお寺)が生家だったんですねぇ~ ^^

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