カヌー製作

パイプカバー

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明日は久々のカヌー遊び、荒川の玉淀河原で(カヌー&)デーキャンプの予定です。

家の軒下で保管してあった手作りカヌーをひっぱり出してきて、ホコリを落とし自動車の屋根に載せました。準備万端!^^

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ところで、この手作りカヌーの舷に取り付けた白い防舷材ですが、これのお陰で、カヌーを車で持ち運ぶときにキャリアが不要となりました。うまい具合にクッション材となり、車の屋根に傷がつく心配せずに取り付けることができます。

ホームセンターでお安く手に入れた(どこにでもある)パイプカバーです。エアコンなどで配管を保護するときに使うアレです。^^

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フジタカヌー KG-1

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荒れ狂う波風・・ならぬ娘の攻(口)撃に打ちのめれながら必死に耐えています orz

すべて私が悪いんです。買っちゃいました・・ 

昨年、家計の収支バランスが崩れたため、家族分を含め携帯電話すべてを解約したうえで、2台あった自家用車を処分するなどして節約生活を続けています。

健気な長女はアルバイトで得た給料から毎月毎月家計を助けてくれているわけです・・・

そんな状況下にあって・・・、また衝動買いをしてしまいました。^^;

フジタカヌー KG-1 ♪

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持ち運び可能な折りたたみ式のカヌーでありフォールディングカヌーというカテゴリーの舟となります。この舟(KG-1)日本のカヌーシーンのあちこちに登場します。有名なカヌーイストのツーリング記録を読むとKG-1を使っていると書かれていたりするものです^^

もう発売されて相当の年月が経ちますが、いまだに現役で製造販売されつづけている優れものです。

オークション即決価格で4万円! 

100227132910_3しかもスプレースカートやパドルなどのオプション一式完備しての価格です。新品ですべて揃えるとすると20万円相当?

気がつくと、落札ボタンをクリックしていました ^^;

私のカヌーは去年の春にベニヤ板で自作したカヌーですので自家用車を処分した時点でカヌーツーリングが出来なくなっていました。 寄居町からスタートした荒川下りは秋ケ瀬で中断しています。神田川ツーリング(ドブ川紀行)の計画も開始することができずにいましたが、ようやくカヌーライフを再開できそうです。

今吹き荒れている暴風雨(娘の非難^^;)も、いつしか穏やかな凪となり・・・・穏やかになってくれることを祈るのみです orz

[追記 2/27]

組み立て図面(欠品だった?ようですが、わざわざメーカーより取り寄せくださり、別便で送付いただけました^^)

100227132923 100227132944  左図の中央のイラストを見て納得^^

そういう手順なんですね♪

最初の一回目はかなり苦労しましたが・・・一時間くらいかけてじっくり組み立て ^^;

100227133032 木製のフレームアッシーで一部破損しているところがあり金属で補強してあります。(2箇所)

100227133048船体布で穴が・・・ 

この穴、わりと高い位置、空気袋(スポンソン?)の部分ですので船内に水が浸入することは無さそうですが・・・・・ 

黄色のガムテープで応急措置をしましたが、内部にも貫通した穴があるようで、スポンソンの穴は(込み入った場所であり)ガムテープでの補修ができませんでした。(取り外して補修すればいいのかな?)

 左の空気袋(スポンソン)が膨らまない! これは、ちょっと予想外 orz

(まぁお値段がお値段なので仕方ないかなぁ・・・ ^^;)

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組立作業、中腰の作業なので、腰にダメージを受けました。組み立て終わった頃にはヘロヘロに・・ orz  漕ぎ出す前にこんな調子じゃぁなぁ・・・^^;

[追記 3/2]

船体布をひっくり返して、スポンソンの端に紐(5mのLANケーブル^^)をガムテープで固定した後、引き抜きました。(引き抜くときに、紐が通されるようにするのは修復後にもとに戻すための準備です。)

案の定、船体布の穴があった位置に丸い穴が空いており空気が抜けてました。ガムテープでぐるぐる巻きにして仮塞ぎにしてみました。

非常に心もとない補修ですが、いちおう膨らむようにはなったぞ♪ ^^

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古代における「板材」の価値についての妄想?

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川の博物館の特別展「埼玉圏の原始・古代人-人の動きをモノから探る-」を見てきました。http://www.river-museum.jp/exhibition/plan/post.html

特別講演も聴講させていただきました。

「埼玉の古墳とか埴輪から判る古代の技術、技術者の流れをさぐるお話」、「古墳で発掘される陶器のお話」、そして「古代の港の跡と考えられる遺跡についてと古代の河川交通についてのおはなし」

内容は専門的でしたが色々と興味深かったです。

展示物および講演の中で古代の和船の発達の段階についての説明(展示)がありました。

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縄文時代の船の形態は丸木舟(くり舟、うち側を刳り貫いたふね)ですが、古墳時代には、準構造船という中間的な形態の舟があり、それがいつごろから部材を組み合わせて形づくる構造船となるわけです。

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構造船を可能にする技術は何かな?

それは均一な厚みの平板をつくりだす技術、道具的には縦ひきノコギリが重要なのかな?

丸太から板材を切り出す(製材する)技術がなかったら、精密な加工が必要な構造船は出来ないわけで、それを可能にするノコギリ(大鋸:おが)というものがない間は、くりぬき舟とか、それを延長した準構造船しか作れなかったんだろうな~ とかボンヤリ考えていました。

もしかしたら、ノコギリによって、「板」を加工できるという技術は、画期的な(当時の)近代技術だったのかもしれない?

ノコギリはもちろん鉄を使った道具ですが、剣とか斧とかは、石斧などの磨製石器などで(効率は相当悪いですが)代用ができるかもしれないが、ノコギリについては・・・・当時の最高の技術だったのかもしれない。

古代の遺跡から、あるいは古代の建造物に、 平たく薄い板材が使われているのをみかけたら、その背景に木工加工技術とそれを可能にする大工道具の伝播、製鉄(鍛冶)技術の伝播を読み取り、驚きと感動をもって注目すべきかもしません♪

以上、素人の勝手な推測です^^)

ネットで調べたところでは、大鋸(おが)という縦ひき鋸によって丸太から板材を切り出すようになったのは、かなり時代が下ってからのようでした。

板材は、建築材料としては、「床」として使われることを考えると、縄文時代からの伝統的な住居の形式である竪穴住居(柱を地面に立てて、土間に寝起きする暮らし)から高床式の住居に変わるためには丸太から板材を作り出す技(道具)が必須であったと思われます。

ノコギリがない場合の板材の加工(製造)は、釿(チョウナ)という道具によって不要な部分を削り取ることによって対応していたようです。その技術は仏教寺院の建造のために招かれた百済の工人によってもたらされたようです。

金剛組という世界でもっとも古い創業の会社が日本に存在しますがその設立の由来は、聖徳太子が百済より招いた建築技師の金剛重光に由来するとのことです。それで、聖徳太子は政治家としての顔とは別に技術者としての顔があるようで、現代においてもお宮大工、船大工などのお祭り?において太子講というかたちで尊ばれているようです。

とりとめのない話となってきましたが以下はネット検索でみつけた関連情報です^^

・国宝建築にみられる木材加工技術(昔は木を割っていたということ) http://www.asahi-net.or.jp/~hf2t-nkn/jcom/kokuho3.html#warizai

 ~ 日本では横挽き鋸は古くから使われていたが,縦挽き鋸が用いられるようになったのは室町時代以降というから、それまでは木材はほとんど楔で割って用いられたのであろう。中国や朝鮮ではもっと前から縦挽き鋸が使われていたというが日本ではどうして使われなかったのだろうか。それは日本にはスギやヒノキという容易に、しかも縦に真っ直ぐに割れ易い木があり、割って製材した方が簡単で、あえて縦挽き鋸を使う必要が無かったとされている。木材を割る製材法は繊維に沿って割れるので、繊維を時として切断してしまう鋸による製材法よりも確かに木材の性質を生かして上手に使うことにつながる。しかし室町時代に入り、真っ直ぐに割れる木材が少なくなるとさすがに楔で割る製材だけではどうしようもなくなり、縦挽き鋸が使われるようになってきたわけである。 ~

・埋もれた文化財の話 http://www.pref.shiga.jp/edu/content/10_cultural_assets/buried_cultural/story/24/

 ~鋸には横挽き鋸と、縦挽き鋸とがあります。わが国では、少なくとも13世紀頃までは、縦挽き鋸は存在しませんでした。そのため板材や角材を必要とするときは、伐採した木材に、鑿で何カ所もの穴を穿ち、その穴に木の楔を木槌で打ち込んで割っていました。板にする場合は、その割り材をさらに何度も割り、必要な厚さになると、木の表面を手斧ではつって仕上げました。このような製材法では、当然ながら一本の丸太から得られる板材や角材は限られていた上、厚さや太さにも限界がありました。しかも、このような方法で板材や角材を得られる樹木は、ヒノキやスギなど木目の通った良材に限られていました。しかし、13世紀以降になると、ヒノキやスギの良材が少なくなるにもかかわらず、都市の拡大に伴う住宅建築の増大によって板材や角材の需要は増える一方でした。そこで、針葉樹や広葉樹を問わず、どんな木材でも思いのままの柱材や板材・角材を得ることができる、2人挽きの縦挽き鋸「大鋸」が、中国から移入されました。この大鋸は、2人で挽くため、中央で鋸の目の方向が異なっていました。しかし、大鋸は、引き手2人の呼吸を合わすのが難しいうえ、きわめて高価であったらしく、それほど普及しなかったようです。~

・鋸の話 http://www.hand-made-home.com/daiku/daikus/nokogiri2/nokogiri2.html

Nokogiri24  

~ この一人挽の框鋸を大型化したものが二人挽の「大鋸」と呼ばれる縦挽鋸である。大鋸が大陸から我が国に伝えられたのは室町中期(1400年)前後とされている。この二人挽の大鋸を「框付縦挽製材鋸」と呼んでいる。この大鋸が現れるまで、我が国には大型の縦挽鋸はなく、大きな丸太材を楔や大きな割鉈で打ち割って、建築用材を得ていた。その方式を「打ち割り法」と呼んでいる。その打ち割り方式では材の無駄が多く、打ち割った木面を釿やヤリガンナで仕上げるのに大工は大変に苦労していた。しかし、打ち割る良材も乏しくなってきた矢先、大鋸が現れたのである。それまで、打ち割ることができなかった松材や欅材の木取が可能となり、堂宮建築の木工事が一躍向上したのである。
 大鋸がどのような経路で我が国に伝えられたのかは今もって不明である。 ~

・釿(チョウナ)の話 http://www.hand-made-home.com/daiku/daikus/cyouna4/cyouna4.html

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 ~ 私は大工に弟子入りして、半年を過ぎても釿はつりが上達せず、毎日兄弟子にからかわれ、何とか上達する手立てはないものかと思案の毎日でした。十二月三十日、親方が今日は「釿仕舞い」だというので、仕事場を清掃し整理整頓し、親方の大工道具をはじめ、すべての道具を油拭し、墨壺は墨池の墨綿を洗い清めて寒の水で溶かした削り墨の墨液を入れて親方に手渡しました。親方は釿刃を研ぎ澄まして、見事な曲がりの柄を仕込み、指金、墨壺、墨指、釿を三宝にのせて、御神酒と共に床の間に供え、掛軸は聖徳太子が指金を持ったお姿のものが掛けられ、正月の準備を手伝いました。太子の前に供えられた親方の釿を見た時、その美しさに感激しそのような釿を新調すれば上手にはつりが出来るのではないかと考えたのでした。 ・・中略・・ 「式神さんというのは、古い古い昔のこと百済の国(今の韓国)より多くの優秀な建築技術者(工人)が我が国に招かれました。その当時の日本の工人は堀立柱の建築方式でしたが、渡来した工人たちが建立しようとする建物は礎石の上に柱を立てるという新しい方式でしたので日本の工人たちは驚いたのでした。渡来した時、彼等の道具箱の中には見事な大工道具が一杯に詰っていました。日本の土地にも言葉にもなじみ、理解できるようになり、日本の工人たちは彼等の指揮のもと、真新しい工法の建物を手懸けたのでした。しかし残念なことに彼等が百済から持参した大工道具が一つ減り二つ減りと紛失していきました。無断で借りた日本の工人たちは、その道具を正目手本として刃物は鍛冶屋に鍛えさせ、木の部分は自分が作り、正目手本とした道具より遙かに見事なものを次々と作り上げて行きました。しかし驚いたことに、無断で借りていた大工道具は複製されると、いつの間にか渡来した工人のもとにきっちりと返されていたのです。それを百済の工人は少しも驚きませんでした。驚いたのは日本の工人たちでした。無断で借りたことを深く詫びて複製したことを伝え、それからお互いの交流が始まり、『規矩の技』も教えてもらったのだろう」と島棟梁は話を続けました。 ~

・現代の木挽き(大鋸の名人)の話 http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Ivory/2387/Kikigaki/Oga.htm

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 ~木挽き体験前の、参加者との懇談のときだけは、名人から柔和な「じいちゃん」の顔になった… が、参加者による木挽き体験が始まると、すぐに職人の顔に戻った ~

・大王のひつぎ:実験航海(古代船 海王) http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/daiou/ 

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 ~ 「倭の五王」から、九州の磐井の乱を経て、飛鳥文化が花開く推古女帝の時代(5~7世紀)に、大和の大王(天皇)陵や特定豪族の石のひつぎが熊本・宇土半島産の阿蘇のピンク石で造られ運ばれたという。この古代史上の謎に、考古学、古代史、海事史研究者が復元古代船「海王」で挑む実験航海が行われた。

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 2005年7月24日、宇土市を出航、有明海から北部九州沿岸、瀬戸内海を経て、34日目の8月26日、最終目的地の大阪南港に到着した。総航行距離は1006キロ。古代航海の実像を示す貴重な記録が残され、多くの成果が得られた。 ~

ところで日本の木材加工(宮大工、船大工、etc)を大きく進化させるきかけとなった聖徳太子の建立した四天王寺。そのきっかけは物部と蘇我の戦いの最中に戦況不利の中で「ぬるで」の木から四天王像を彫って祈ったときの誓願に由来するらしいです。

あれ? どっかで聞いた話だなぁ・・・ (あのマンガだ! 笑)

去年、ベニヤ板でカヌーを自作したわけですが、非常に薄く均一の板材を使用して制作されているので、あれも一種の構造船ということで、船の歴史からみると非常に近代的な??? 苦笑)

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那珂川カヌーツーリングにむけてカヌーの補修

カヌーの補修作業を行いました。
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昨年8月の荒川下りで船底をごりごり擦りながらひっぱりまわしたので、塗装が剥げ落ちていました。また、微妙に浸水します orz

浸水箇所を特定しエポキシ接着剤で補修したうえで再塗装しウレタン塗装で仕上げました。

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 ウレタン塗装剤、けっこう高いな~ (約\2500) 





さて、ゴールデンウィークの前半に栃木県の那珂川のカヌーツーリングに参加します。

昨年12月の荒川下りで大宮カヌークラブの方にご挨拶したのがきっかけで、クラブ主催のカヌーツーリングに誘っていただきました。^^

荒川下りでは、初心者の単独カヌーツーリングということで、おっかなびっくり^^ コースもカヌー向きではない(普通カヌーで下らないような)場所でしたので、那珂川ツーリングは楽しみです。^^

那珂川は、のんびりカヌーツーリングには絶好のフィールドのようで、ネットで検索すると情報満載でした。

http://www.faltboat.net/field/naka_gawa/nakagawa.htm

さてさてベニヤ板での自作カヌー、デッキがなくてオープンな形なので、ちょっとした瀬でも浸水は必至です。どうなることやら ^^;


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九千坊カヌー完成♪

ベニヤの自作カヌー、やっと完成しました。

実はフットレストが付いていない未完成の状態であちこちに持ち出して漕いでましたが、足のふんばりがきかず腰への負担が大きかったです。設計図どおりに(若干形が違いますが)フットレストと腰当て棒のクッションを取り付けて、ようやく完成です。

先週下見をした入間川で「完成」進水式をしました。走友会の○○さんをお誘いしての完成披露進水式でもありました。

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浅瀬のところでおっかなびっくりの次男坊。楽しそう♪ かな?^^

Sh530065 軽快なパドルさばきの○○さん♪

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入間川のこの場所、水もキレイで流れもゆるやか、深さも適当です^^

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乗り心地もすごく良くなりました。これなら長時間のパドリングも苦になりません。

完成です♪ さあて、どこの湖にいこうかな~ ^^

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ベニヤカヌー製作(6)

完成間近です。内部の補強材と座席、そして浮力体を取り付けました。浮力体は発泡スチロールの10cm厚の板をカヌーの前後に埋め込み3mmのベニヤで蓋をします。

座席は、設計書で示されていた座席がちょっと窮屈そうに感じたので、よりも大きな板を取り付けてみました。ちょっと座面が高くなってしったのが気になりますが、ままよ。

残す作業は着座したときの背もたれ部分と両足でふんばるときのフットレストの取り付け。今回の進水式には間に合わないので後日ということで。

さて、カヌーの外観を決める重要な作業の色塗り。何色にしようかな~~ということで、オレンジ色を選択しました^^ 

カインズホームで渋めのオレンジ色の塗料を購入し色塗り作業開始です。塗装方法としては、2液性のウレタン下地剤を2度塗りしたうえでにオレンジ色の水性塗料を塗り、その上から下地剤ウレタン塗料をもう一度塗って乾燥させました。080704171404

かなりの手抜き塗装となってしまいました。

出来上がりは・・・オレンジ色の筈が・・・

どう見ても土色です。みごと泥舟となってしまいました。 orz

進水式は浸水式になりそうな予感が・・・ 笑)

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ベニヤカヌー製作(5)

カヌーの製作作業は止まっています orz

このところ週末は雨だったり、走りに(遊びに)いったり。

軒下でほこりをかぶったカヌーが気になりながらも・・

進水式は7月5日で決定ですので、そろそろなんとかしなければ・・

カヌーのほうは進捗していませんが、カヌーを運ぶ車の準備が進みました。

全長4m弱のカヌーを運ぶための車としてステップワゴンを購入♪

さらに、ステップワゴンの屋根にカヌーを取り付けるための「キャリアーベース」というレールを3本、ヤフーオークションで落札♪

あとは、カヌーだけ・・・・明日こそは

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ベニヤカヌー製作(4)

080506103439このところ製作作業が滞っています。船の形は出来ました。防水処理もほぼ完了。あとは補強材を入れて、ちょこちょこで終わるはずなんですが・・・

そもそもこのベニヤカヌー(九千坊カヌー)のコンセプトは3日で完成するお手軽カヌーなんです。水に浮かばせるだけならば3日で終わりますが、それなりに出来栄えにこだわったり、カッコよく仕上げたかったりと欲が出てくれば製作作業は段々と長くなっていきます。^^

グラスファイバーテープと樹脂で板のつなぎ目を防水処理をしたときにグラスファイバーテープの端っこのトゲトゲ部分がそのまま固くなって全体的に凸凹になっています。その対処として塗装前のサンディングシーラー塗布とサンディング処理をより入念に行う必要があります。上手に仕上げれば木製家具のように木目をきれいに浮き立たせたカッコイイ仕上がりとなるはずです。さらにデッキをつけた荷物室のようなものを作ろうか・・・とか、ちょっと、きりがありませんね~。

あれこれ欲張らないで元々のコンセプトに立ち返ってシンプルに仕上げたほうがいいのかな??

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ドブは蔑称?

会社帰りにライフジャケットを購入するために神田の石井スポーツに行きました。お店の方に色々質問しながら、「もしかしてドブ川紀行の○○さんですか?」と。

ずばり本人、カヌーライフのあの名物連載を担当するあこがれのパドラーその人でした。

080430183434 カヌーライフを初めて購入したのは今年の3月が初めてでしたが、幾つかの連載記事の中でもっとも興味深かったのが「ドブ川紀行」。

身近にありすぎて見落とされがちな普段着の川にスポットライトを当てて、通常の視線とは逆の視線で、川を見下ろし「汚いな~」といった視線ではなくて、川の側から町を見上げる視線で川を見直す・・・・うまく表現できませんが、生活の中に溶け込んでいる川ライフ?といったものを再発見するような記事がとっても素敵でした。

ところが出版社が変わってからの第一号である今月号では、「ドブ」という表現が使われていません。そのことについてお尋ねしたところ、出版社側の意向でそのようになったそうです。「地元の人に失礼の無い様に配慮」した結果だそうです。私としては「ドブ」という蔑称?には、汚い川であるという意味の他に「我々の生活に根ざした川である」とのニュアンスが含まれているように感じていましたので、「”あの”川紀行」では、ちょっとインパクトを欠いたような気がしました。サビ抜きの寿司のようです。「ドブ」の復活を強く望みます^^

カヌー歴(おかパドラー^^)と目的を告げて製品選定を手伝っていただきました。お買い得品、良いものを購入できました♪

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ベニヤカヌー製作(3)

ベニヤ板を組み上げてからの作業は、ちょっと専門的な?作業となります。ポリエステル樹脂による防水(&強化?)パテ加工を行います。エポキシ接着剤もそうでしたが、追加の液を混ぜることによって硬化が始まります。もたもたしているとゲル化してしまい使えなくなってしまいます。しかもポリエステル樹脂に混ぜるもの(硬化剤)は、1%前後の微妙な量であり季節(温度)によって混合比率を変える必要があります。

もちまえの不器用な本領発揮 orz 細部ぼろぼろ水漏れ必至。

ポリエステル樹脂とガラスクロスによる防水パテの作業が終わると次はガンネル(船べり?)の取り付け作業。

ぐっと完成度が上がりました。^^

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